『メタル リアリティ』
作 市田ゆたか様
第三話 (3)
◆誤解◆
「何してるんだい?」
駐車場に潜みながら建物の様子を伺っていた美南は、突然かけられた声に驚いて振り返った。
そこには薄汚れたジーンズを履き、何かの景品で当たったようなロゴマーク入りの皮ジャンを羽織った一人の青年が立っていた。
「え……あ、あの」
美南はよろよろと数歩後づさると、何かにつまづいて尻餅をき、手に持ったカメラとパソコンを取り落とした。
「お姉さん、もしかして探偵? あー、そんな目立つカメラじゃだめだね。こっそり撮影するなら、こういうものを使わないと…」
青年は肩にかけたバッグを下ろし、中から小型のボタンのようなものを取り出した。
「ほら、この超小型カメラ。香港製だけど性能はばっちりさ」
青年は得意げに言った。
「それから、その携帯端末もダメダメ。最新のX-CDMA方式は、まだまだ電波が届く範囲が少ないんだから。
こういうところに来るなら、通信速度は遅いけど1世代前のものにするか、多少高くても衛星通信対応のやつにしなきゃ。俺はもちろん衛星対応だけどね」
美南は青年の親しげな口調に少しずつ警戒心を緩めていた。
「あなたも、ここを探っているのね。あたしは八尾美南。週間ファインダーの記者よ」
「週間ファインダーというと、わざわざ香港まで行ったのに記事をとれなかった、あの週間ファインダーかな」
青年はニヤニヤしながら言った。
「な、なんで知ってるのよ。それに、香港に行ったのはあたしじゃないわ。あのときは香港からの便がある全部の空港に記者を貼り付けていたのに……」
「へぇ、そこまでしていたんだ。でも相手のほうが一枚上手だったわけだね」
「誰かが空港で見逃したに違いないわ」
「残念ながら、それは違うよ。お姉さんの相手にしているのは、普通の空港を使わずに出入国できる人たちなんだ。
悪いことは言わないから、もう探るのは止めたほうがいいんじゃない?」
美南は青年の言葉に呆然としていた。
「じゃ、俺はこれで」
青年はきょろきょろと辺りを見回すと、敷地を囲うフェンスに設けられた門にむかって歩き出した。
そして空き巣に入る前の泥棒のように門の周囲をしばらく調べると、
「なんだ、警備は切ってあるのか。無用心だな」
そう言って鍵の開いていた門の扉をあけて入り込んだ。
「ま、待って」
奥のビルに向かってどんどん進んでいく青年を追って、美南も敷地内に入り込んだ。
まだ完全に整地されていない庭は、ハイヒールを履いた彼女には歩きづらく、先を行くスニーカー履きの青年からはどんどん引き離されていった。
美南がビルの正面玄関にたどり着いたときには、すでに青年の姿は見えなかった。
入り口の前に立つと美南を迎え入れるかのように自動ドアが開いた。
「そういえば警備を切ってあるって言ってたわね」
周囲を見回して誰もいないことを確認すると、美南はビルに侵入した。
◆検収◆
光の環は驚く愛鈴の身体の上を頭頂から爪先まで輪切りにするように、ゆっくりと、まるで舐めるように動き回った。
強力な光線は薄手の服を透過して、ボディラインをくっきりと浮かび上がらせた。
光の動きに合わせて由香の前のコンソールにはワイヤーフレームで人体の映像が描き出された。
最初は単純な線で描かれていたその映像は、光が愛鈴の体を往復するたびに複雑になっていった。
やがて写真のように鮮明な色がつき、ディスプレイの中でカプセル内の愛鈴の動きに合わせてワンテンポ遅れるように動いた。
「こんなところかしら」
そういって由香はコンソールを操作した。
カプセル内の光が消え、透明な筒が上がって愛鈴は開放された。
呆然として床に座り込む愛鈴に由香は言った。
「だから、危ないから触らないでっていったでしょ。これは単なるスキャナーだったからよかったけど、もっと危険な装置もあるんだから」
「ご、ごめんなさい」
「愛鈴様、いくら龍大人から全てを見せるように言われていても、あまり勝手なことをされると帰っていただきますよ」
「それにしてもすごいわね、このスキャナは」
由香がデータをディスクに保存しながら言った。
「この立体スキャナは、ハリウッドで映画俳優のCGを作成するために開発されたものです。
全身を一括してスキャンして人体のポリゴンデータを瞬時に作成できるもので、まだ日本には数台しかありません」
チェンが説明した。
「ここまでのものはいらないのに」
「いえ、必要なものは全て最上級品を用意するようにとの龍大人からの指示ですから」
「やっぱり龍さんは変だわ。はい愛鈴、これがあなたの体をスキャンしたデータよ。記念にあげるわ」
「あ、ありがとう」
愛鈴は立ち上がると、由香からディスクを受け取った。
「チェンさん、例のタンクも用意してもらえましたか」
「ええ、強化チタンの内側をダイヤモンドの薄膜でコーティングしたものでしたね」
チェンが指差した先には先程のスキャナーとほぼ同じ大きさの銀色のタンクが据え付けられていた。
タンクの正面には透明な丸い窓のついた厳重なハッチがついており、上部と下部にはそれぞれパイプとケーブルが接続されて、他の機械とつながっていた。
「設計図どおりに作ってありますが一体何に使うものなんですか」
「それは、あとで説明するわ」
由香はそういって部屋の中にあるほかの機械たちのチェックを始めた。
第三話 (3)/終
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