『メタル リアリティ』
作 市田ゆたか様
第三話 （５）
◆発覚◆
応接室では愛鈴が赤川を避けるように部屋の奥の席に座り、チェンと黒崎も席に着いた。
「それじゃあ、何も聞いていない愛鈴にもわかるように説明するわね」
そう言って由香が説明を始めた。
「あたしと黒崎さんが去年の夏に愛鈴のお爺さんの建剛さんから香港のロボットショーに招待されたのは知っているわね」
「ええ、祖父から聞きましたわ」
「その建剛さんさんから、『自分の命はもう長くはないから、愛鈴が会社を継いだときのためにために自分そっくりのロボットを作ってほしい』
と頼まれたのよ」
「ロボット？」
「そう。まだ生きているように見せかけるためのロボットよ」
「そんなの無理ですわ。プログラムをいくら上手く作ってもロボットが人間の振りなんかできるわけありませんわ」
「愛鈴は、LISAを見たことはなかったわね。とりあえず、これを見てちょうだい」
由香がそう言ってリモコンを操作すると、応接室のテレビにロボットショーの様子が映し出された。
そこでは、銀色のボディのロボットが自己紹介をし、聴衆からの質問に淀みなく受け答えをしていた。
「そうそう、これには俺もびっくりしたよ。由香ちゃんがこんなロボットを作れるなんて」
赤川が思い出すように言った。
「赤川君にもまだ話していなかったわね。実はあのロボット……LISAは普通のロボットじゃないのよ」
「普通じゃないことなんてわかっているってば」
赤川が言った。
「すこし静かにしていろ」
黒崎が赤川を叱りつける。
「ここからの話は絶対に秘密よ。いいわね」
由香は一同に念を押した。
「実は、LISAは元は人間だったの。あたしの前の会社の上司だった理佐先輩なの」
「サイボーグ、ですわね。それなら、人間らしい動作をするのも納得できますわ」
「ありえないよ。首が外れたときにも生命維持装置なしで動いていたのを俺は見てるんだから」
「人間の脳をナノマシンでコンピュータに作り変えているから、生命維持装置は要らないの。
電源さえあればいつまででも動き続けるし、エネルギーが切れても止まるだけ。また電源を入れなおせば動き始めるわ」
「そのためのナノマシンでしたのね。でも信じられませんわ」
「そう言うと思ったわ。証拠を見せるわね。チェンさん、預けておいたLISAはもってきてくれた？」
「ええ、今ここにあるのは頭部のみですが。少しお待ちください」
そう言うとチェンは部屋を出て行った。
「お待たせしました」
しばらくしてチェンは、ワゴンを押して部屋に入ってきた。
ワゴンの上にはビデオで見た女性型ロボットの頭部が乗せられており、それは首の周りのリングでワゴンの天板に固定されていた。
両耳は短いアンテナがついた金属製のカバーで覆われており、それと連続したヘアバンドが美しい金髪をまとめていた。
首の下部からは数本のケーブルがワゴンの下段にあるパソコンに接続されており、ひときわ太いケーブルが電源装置に接続されていた。
由香は電源装置をコンセントにつなき、スイッチを入れた。
ヘアバンドにつけられた複数のランプが点滅し、ロボットはゆっくりと目を開けた。
「ピッ！試作機37号、識別コードLISA、起動シマシタ。オヒサシブリデス。由香サマ。ゴ命令ヲドウゾ」
「みんなに挨拶をしてちょうだい」
「黒崎サマ、赤川サマ、ちぇんサマ、オヒサシブリデス。コチラノ方ハ、ドナタデスカ」
「わたくしは、龍愛鈴ですわ」
「ハジメマシテ、ろんあいりんサマ」
「愛鈴でいいわ」
「ハイ、愛鈴サマ」
「ねえ、貴方は本当に由香の先輩なの」
愛鈴がLISAに聞いた。
「先輩トイウ言葉ノ定義ニヨリマス。私ノ電子脳ハ、関口理佐ノ記憶ヲ持ッテイマス。
シカシ人間デアッタ関口理佐ヲ構成シテイタ物質ハ99.7%ガ別ノモノニ置キ換エラレテオリ、物質トシテノ連続性ハアリマセン」
「どうしてロボットみたいなしゃべり方しかしないの？さっきのビデオではもっと人間みたいに話していましたのに」
「私ハ、基本的ニ外部カラノ入力ニ応答スルコトシカデキナイヨウニぷろぐらむサレテイマス。
私ガ自ラノ判断デ行動スルノハ、緊急対応ぷろぐらむニヨル場合ダケデス」
「緊急対応プログラムを起動してちょうだい」
由香が言った。
「現在ハ緊急事態ニ該当シマセン」
LISAは淡々と言った。
「緊急事態トハ、ますたーデアル由香サマガ、私ヲこんとろーるデキナイ状態デ、特別ナ判断処理ガ必要ナトキデス」
「マスターの私が言っているのよ」
「緊急対応ぷろぐらむハ、しすてむ資源ヲ大幅ニ消費シ、長時間ノ起動ハ電子脳ニだめーじヲ与エマス。
自己ノ保持ハ、ますたーノ命令ヨリ優先シマス」
「本当に人間の脳が入っているのかどうか、俺には信じられないな」
赤川が言った。
「そうね。それじゃあ、中を見せるわ。LISAシャットダウンしてちょうだい」
「ハイ、由香サマ。試作機37号。識別名LISA。停止シマス」
そう言ってLISAは目を閉じた。
由香はLISAの両耳のカバーをはずして、ヘアバンドを取り去った。
そして金色の頭髪を引き上げると、それはかつらのように頭皮ごと外れた。
むきだしになった頭蓋の中には、鈍い灰色の金属塊の表面に金色の配線が無数に張った脳の模型のようなものが見えた。
「凄っげ〜」
赤川が驚きの声を上げた。
「本当に人間の脳を機械化しているのですわね」
LISAの頭部をのぞきこんだ愛鈴が関心するように言った。
「でも意識のプログラム化のメカニズムが完全じゃないの。脳を機械化したのはまだ２件しかなくて、LISAはこんな調子だしもう１件は完全な失敗だったから、
このままでは建剛さんの意識をきちんとプログラム化できるかどうかがわからないの。建剛さんはそれでもいいって言ってくれてるんだけど……」
「そんなの実験を沢山すればいいじゃないか」
赤川が言った。
「できる訳ないでしょ。先輩がこうなったのは偶然の事故だし、こんな実験に志願する人がいるわけないじゃない。
失敗すれば死んでしまうし、成功してもロボットになってしまうのよ」
「由香ちゃんや愛鈴ちゃんだったらロボットになってもいいな。きっと可愛いロボットに……」
「なんですって」
愛鈴が怒りの目を赤川に向けた。
「いい加減にしないか。われわれは犯罪組織じゃないんだぞ」
黒崎が赤川を叱りつけた。
「ほんと、悪の組織だったら、誘拐して人体実験とかできるのにね」
「そうですわね」
由香と愛鈴が口々に言った。
「社長も口を慎んでください」
「愛鈴様もです」
「何なのかしら、この怪しい機械は。こんなものが地下にあるなんて、これは社に持ち帰ったら特ダネ間違いないわね」
エレベーターで地下二階に下りた美南は、室内に並ぶ機械たちに向かって何度もシャッターを切った。
「それでは、皆さんにセキュリティカードを渡します」
チェンは一同を警備室へと案内した。
「今からセキュリティをONにしますから館内にいるときは必ず身に着けていてください」
カードの束から一枚ずつとって、顔写真入りのIDカードをそれぞれに渡した。
全員がカードを受け取ったところで、チェンは警備システムのスイッチを入れた。
ディスプレイに館内の平面図が現れ、警備室の場所に数字の５が点滅した。
「このシステムで、どこに誰がいるかを全て管理できます。今は５人全員がここにいますから、ここに５とだけ……ん？」
画面を説明するチェンが不審そうに言葉を切った。
「どうしたの」
「地下二階にIDカードの反応があるんです。システムの誤動作かもしれません」
ディスプレイ上の地下二階の平面図には、１という数字が点滅していた。
「ちょっと待ってください」
チェンは警備システムを操作した。
「警備システムを切っていたので詳細は不明ですが、念のためこのカードを無効にします。
以後、このカードが使われたら即座に警報が鳴るようにしました」
「こんなところかしら。充分写真は撮ったし、見つからないうちにさっさと引き上げましょう」
美南は出口のセンサーにIDカードをかざした。
第三話 （５）／終
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