『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (6)

◆昏睡◆

「おかしいわね」
入るときに開いたドアが開かないので、美南は何度もカードをスキャンさせた。

ピーッ。
警報音が警備室に鳴り響いた。

「やはり、カードが不正に使われているようですが、地下二階には秘密保持のため監視カメラがないので詳細がわかりません」
チェンが言った。
「まずいわね」
由香が応える。
「どうやら部屋を出ようとしているようです」
「チェンさん、あそこは二重ドアだったわね。こういう方法はどうかしら」
「なるほど……」
チェンは警備システムを解除した。

「まさか見つかってカードを止められたのかしら。だとしたらまずいわね」
警戒していると、緑のランプが点いて重い金属のドアが開いた。
「よかった。気のせいだったみたいね」
美南が中に入るとドアが閉まり、足元から風が吹き出してきた。
「入るときも風が吹いていたけど、この風は何なのかしら。なんだか甘い香りが……。 疲れているのかしら。頭がぼーっとするわ……、急がないと……」
美南はふらふらと床にしゃがみ込んだ。
「ちょっと……休んでから……逃げ……」
そしてゆっくりと体を横たえて深い眠りに落ちていった。

「地下一階の医療設備の麻酔ガスを流すというのは考えましたね」
黒崎が言った。
「ここの設備の構成から最良の方法を論理的に導き出しただけよ」
「由香は凄いですわね」
「そろそろいいでしょう。侵入者がどんな奴か、顔を拝みにいくとしましょう」
黒崎が言った。
「たぶん雑誌記者のお姉さんだと思うよ。愛鈴ちゃんと同じぐらいの背格好で、年は愛鈴ちゃんのほうが絶対若いけど」
赤川が口を挟んだ。
「なんだと?なぜそんなことが判るんだ」
「だって入り口のところで、いかにも怪しそうな行動をしてたから。香港で俺たちを追っかけていた週刊ファインダーの記者だよ」
赤川の得意そうな発言に黒崎が顔色を変えた。
「おい。どうして、そんな大事なことを言わないんだ」
「だって、話そうとしたら『おとなしく黙っていろ』って言ったじゃないか」
「そういうことは別だろう!まったくお前ときたら……」
「しかし、ただの泥棒などではなく雑誌記者というのはまずいですね。何とか対策を考えないと」
チェンが言った。

「ねえ」
地下に降りるエレベーターの中で、それまで黙っていた愛鈴が口をひらいた。
「不法侵入は、悪いことですわね」
「当然です」
黒崎が言った。
「悪人を捕まえて罰するのは、正義ですわね」
「しかし、日本は法治国家です」
チェンが言う。
「それじゃあ、ここの施設も合法的ですのよね」
「いや……、それは……」
黒崎とチェンが口ごもった。
「由香は人体実験がしたいのよね。わたくしも、お爺様のために一度見ておきたいですわね」
「えっ、そういうわけじゃあ……。でも、それも一理あるかも。ちょっと待って。リスクを計算するから」
由香は目を閉じて考え事を始めた。
「愛鈴ちゃん、怖いなあ」
そう言った赤川を愛鈴がにらみつけた。

地下二階に着いたエレベータのドアが開いた。
「やっぱり、あのお姉さんだ」
床の上には麻酔を吸った美南が眠り続けていた。


◆立案◆

一同は眠っている美南をスキャナーのガラス筒に閉じ込めると、応接室に戻って検討を続けた。
「まずは、彼女の素性を確認しなくちゃ。黒崎さん、無関係の一般人を装って週刊ファインダーの編集部に確認をしてちょうだい」
「わかりました、社長」

「チェンさん。香港の時のような偽装工作はできるかしら」
「面倒ですが、不可能ではありません。そのためには優秀なハッカーが必要ですが…」
「ハッキングだったら俺にまかせてよ。どこのシステムに忍び込むの?」
「鉄道会社のシステムです。彼女が切符を買って乗っていたことにするんです。
あとは終着駅の近くの人気のない路地で、彼女がいざこざを起こして逃げたと在日中国人に訴えさせます」
「なんだ、それなら簡単だよ。侵入なんかしなくても、どうせクレジットカードぐらい持っているはずだから、それで切符を買ってしまえば大丈夫さ」
「それだけでは駄目です。駅の監視カメラや乗務員の証言などの辻褄を合わせる必要がありますから」
「わかった。ちょっと考えさせて。JRのシステムは難しいしなぁ。新御殿場駅から乗ったことにすると……。
まてよ、他社に乗り入れる列車を使えば……。そういえばあそこの列車は携帯で電子チケットが……」
赤川が考えを巡らせ始めた。

「ちょっといいかしら」
愛鈴が言った。
「その記者は、私と同じくらいの身長でしたわね。違いは髪の長さぐらいですし」
「そうだけど」
赤川が言った。
「わたくしが替わりに列車に乗るというのはどうかしら」
「あ、愛鈴様。それは危険です」
「大丈夫ですわ。人の記憶なんて曖昧なものよ。駅員さんや車掌さんだって、細かい顔までは覚えていませんわ」
「しかし、駅の監視カメラの映像が残っています」
「そうですわね。駅の監視システムには侵入できないのかしら」
「そのぐらいだったら簡単だよ。運行システムより全然甘いから。画像データを消せばいいんだね」
赤川が言った。

「違いますわ。そんなことをしたら、不審に思われてしまいますわ。そうではなくて、監視カメラのわたくしの映像を置き換えるんですわ」
「それは無理だよ。カメラは色々な角度から同時に撮っているし、映像を置き換えるための思った通りのポーズをあのお姉さんが撮らせてくれるはずがないから」
「そうかしら、ここにはハリウッドの映画に使える画質の3D画像を作るシステムがあったのではなくって?」
「そっか、そうよね。それならなんとかなりそうだわ。ありがとう愛鈴」
由香が言った。
「愛鈴ちゃん、すごいなあ。そんなこと思いつかなかったよ」
赤川が愛鈴にすり寄った。
「わたくしに近づかないで。わたくしは由香に協力しているの。あなたに協力しているわけではありませんわ」

「編集部と連絡が取れました」
黒崎が戻ってきた。
「彼女は八尾美南といって週刊ファインダーの記者でした」
「そうですか」
チェンが言った。
「しかし、今はフリーだそうです。駅でからまれたから賠償してほしいといったら、無関係だと。
昨日付けで依願退職したそうです」
「それじゃあ雑誌社からの追求はないわね」
由香が言った。
「ないとは言い切れませんが、あったとしてもかなり遅れるのは間違いありません」
「それじゃあ、計画を実行しましょう。これからは、みんな一蓮托生よ」


◆告知◆

「……う〜ん、よく寝たわ。あれ、ここは一体」
目が覚めた美南は自分が地下二階の研究室でガラスの円筒に閉じ込められていることに気がついた。
5人の男女がガラス越しに美南を見つめていた。
「まさか、あのとき……」
自分のおかれた状況に気がついて、美南の顔が次第に蒼ざめていった。

「だから探るのは止めろっていったのに」
気がついた美南に、建物の前で出会った青年が言った。
青年の声は、直接美南には届かずに円筒の上部のスピーカーから聞こえてきた。
「あなたは…。ここを探っていたんじゃないの」
「違うよ。俺はここのスタッフの赤川っていうんだ。お姉さんが勝手に勘違いしたんだよ」
「お願い、助けて」
「残念ですが、それはできませんね」
「あなたたちは確か黒崎と篠坂……」
「そうです。あなたが調べていた張本人ですよ」
黒崎が言った。
「地上階だけならば、不法侵入で警察に突き出すだけで済んだのですが。
ここまで入り込まれたのでは、すんなり帰すわけにはいきません」

「あたしに何をするつもり。あたしは記者よ。あたしがいなくなったら、編集部がかならず記事にするわ」
「そうかしら」
由香は言った。
「さっき編集部に問い合わせたら、あなたはもう辞めたから関係ないって言われたわ」
「そ……そんな」
「それに、ほらこれを見て」
由香がコンソールを操作すると、スクリーンに映像が現れた。それは駅のホームのようだった。
そしてそこには目の前にいる女性の一人が写っていた。
その女性は美南が着ていたコートと同じものを着てホームに佇んでいた。
「新御殿場駅の監視カメラよ。かなり混んでいるから、誰がホームにいたかなんて誰も覚えていないわね。
ここにいまスキャンした映像をインポーズすると……赤川君、お願い」
赤川の操作で、美南と体格の似たその女性の姿が美南そっくりに変わった。
「さすが最新のスキャナで採ったデータね。普通のCGだとこんなにうまくはいかないわ」
「一体なにをする気なの」
「これが記録に残ったあなたの最期の姿というわけ。そして、愛鈴……あ、彼女の名前よ。
愛鈴は、あなたのバッグにあったクレジットカードで、新宿までのチケットを買っているわ」
「18時25分の特急スーパーあさぎりだよ」
赤川が言った。
監視カメラの中の“美南”はやがてホームに滑り込んできた特急に乗り込んだ。
そして列車が発車すると、カメラの映像はブラックアウトした。

「愛鈴、往復ご苦労様だったわね」
由香が言った。
「たいしたことありませんわ。これで、この方は新宿で失踪したことになりますわね」
愛鈴が微笑んだ。



第三話 (6)/終


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