『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (7)

◆抵抗◆

「あたしたちは悪事をしようとしているわけじゃないの。愛鈴の病気のお爺さんを救うための研究をしているのよ。
いま変な記事を書かれたら致命的なの。わかるかしら」
由香が言った。
「冗談じゃないわ。そんなこと信用できないわ」
美南はガラス筒の中で気丈に叫んだ。
「最期のチャンスをあげるわ。あたしたちのことを記事にしないって約束してくれるかしら。そうしたら解放してあげるわ」
「嫌よ。ジャーナリストのプライドにかけて、そんな取引は殺されたって絶対にしないわ」
「わかったわ。それがあなたの意思ね。これで心置きなく実験ができるわ」
「取引ですって。由香もまどろっこしいことしますわね」
愛鈴があきれたように言った。
「取引というのは対等な立場の者同士がすることですわ。この人は、わたくし達に迷惑をかけたのですから、その償いをしてもらわないと」
「愛鈴の言う通りだわね。でも今まで解放するリスクと実験をするリスクを計算していて、今のでやっと解放するほうが確実にリスクが大きいって結論が出たの」
そう言って由香は壁のロッカーを開けて、金属製のベルトのようなものを取り出した。
ベルトの端にはコネクタとランプの付いた小さなボックスがバックルのようについていた。
「由香、それは何ですの」
愛鈴が聞いた。
「これは、前に愛鈴のお爺さんのところの研究所にいた、メイファさんの開発したものを改良したのよ」
「何をするものなんです?」
「人間の神経とコンピューターを接続するためのインターフェイスよ。脳内の状態をリアルタイムにモニターするために必要なの。
メイファさんのは手術が必要だったけど、これはナノマシンによる成長型プローブが自動的に神経を探し出して接続するから簡単なのよ」
「へー、凄いな」
赤川が言った。
「社長、いつの間にこんなものを作っていたんですか。技術は自分ひとりだけではなく、共有するようにしてください」
「ごめんなさい。とにかく手順を説明するから協力してちょうだい」
「仕方ありませんね」

由香がパネルを操作すると、美南を拘束していたガラス筒が上がった。
逃げ出そうとした美南の両腕をチェンと黒崎が掴み、美南は床に押さえつけられた。
「赤川君、お願い」
「ここが首の後ろに当たるようにすればいいんだね」
赤川は銀色のベルトを美南の首に巻きつけて、端をバックルのようなボックスの部分にセットした。
「なんかスカスカだよ。サイズがおかしいんじゃないの」
「いいからスイッチを入れてちょうだい」
赤川がスイッチを入れると、ボックスの裏から何本もの針が伸びて美南のうなじに突き刺さった。
「きゃっ」
激しい痛みに美南は悲鳴を上げた。
銀色のベルトが次第に縮み、美南の首を軽く絞めるようにボックスを固定した。
ボックスのランプが赤く点滅を繰り返し、美南は痛みに耐えかねて暴れだした。
「いや、何、痛……、痛。ひぃ〜」
美南は悲鳴を上げると激しい力で二人の男の手を振り、転げまわりながら両手を首に当てて装置を取り外そうともがいた。

「社長、ちょっとまずいんじゃないですか」
黒崎が言った。
「大丈夫、…なはずよ。もう少しすれば」
しばらくすると、ランプの点滅が止まり黄色に変わった。
「い…痛みが消えた?。今だわ」
美南は出口に向かって駆け出した。
「待てっ」「請等!(まちなさい)」
黒崎とチェンがあわてて追いかけた。
「大丈夫よ」
由香は自信たっぷりに言った。
逃げ出した美南の手が出口のドアにかかろうとしたとき、パイロットランプが緑に変わった。
「あ…」
美南の足から力が抜け、バランスを崩して床に尻餅をついた。
「由香の言ったとおりですわね。どういうことですの」
愛鈴が言った。
「神経接続ができたのよ」
美南は必死に立ち上がろうとしたが、両足はまったく言うことを聞かなかった。
「これ…、これのせいね。このスイッチを切れば…」
まだ自由な両手で首の後ろの装置を掴み、手探りで装置のスイッチを切った。
緑色に輝いていたパイロットランプが消えた。
「これで自由に……」
そう言って美南は這うように床に倒れこんだ。
「……どう…して」
「あなたの首から下の運動神経は、すべてこの装置を通るようにつなぎ変えられているのよ。だからスイッチを切ると、当然動けなくなるわ」
「あ……、う……」
美南はくちをぱくぱくさせた。
「なるほどね。口は動かせても、呼吸が不随意筋の反射だけになるから、うまくしゃべれないのね」
由香はコンピュータにメモを打ち込んだ。


◆裸身◆

「これから、どうしますか、社長」
「まず服を脱がせて、そこの台の上に寝かせてちょうだい」
「え、服?」
赤川が顔を赤くして言った。
「突然何を言うんですか」
「だから、服を脱がすのよ。服を着たままじゃあ、服を着た形のロボットになってしまうわ」
「もう少し分かりやすく説明していただけるかしら」
愛鈴が言った。
「これからナノマシンでまず表面を加工するんだけど、今の制御ソフトでは人の体と服との区別をつけるのは無理だから、服を着たままだとだめなのよ。
ほら、LISAには飾りみたいなものがついているでしょ。あれは先輩が着ていた服の名残なのよ」
「あれって、そうだったのか」
赤川が感心した。
「その表面加工を俺にもやらせてよ」
「いいわよ。あたしは意識のプログラム化で手一杯だから、誰かにナノマシンの操作を覚えてもらわなきゃ、愛鈴のお爺さんをちゃんとしたロボットにしてあげられないものね。
見た目が生身と変わらなくて、腐ったり傷ついたりしにくい素材にできるといいんだけど」
「オッケーだよ。このお姉さんの肌にぴったりの素材か。何がいいかなぁ」
赤川はニヤニヤしながら考えはじめた。
「気持ち悪い笑いはやめていただきたいわ」
愛鈴が言った。

「わたくしに手伝えることはないかしら」
「そうね、今のところは……。そうだわ。チェンさん、愛鈴は狙われているとかって言ってましたよね」
「ええ、確かに。愛鈴様が後継者になるのを心よく思わない者が多くいますから」
「今思いついたんだけど、愛鈴の影武者を作るってのはどうかしら。ほら、ちょうど体格も似ているし」
「それはいいアイディアですわね」
「それじゃあスキャナを最高の精度にして愛鈴の精密なデータをとり直さないと駄目ね。愛鈴、裸になってスキャナに入ってくれるかしら」
「いいですわ。面白くなってきましたわね。でも、男の人には見られたくありませんわね」
「当然よ。黒崎さん、チェンさん、それから赤川君もしばらく外に出てちょうだい」

男たちを追い出すと、愛鈴は服を脱いでスキャナーの台に立った。
「あ、ブラジャーやパンティも外さないと」
「そうですわね」
ブラジャーとパンティを外して生まれたままの姿になった愛鈴の回りに透明な円筒が降りてきた。二度目ということもあって愛鈴は落ち着いていた。
由香がパネルを操作すると、光の輪が降りてきて愛鈴の体を何度も往復した。
「手のデータが不足してるわ。両手を開いて体を大の字にして」
「わかりましたわ」
肩から腕、そして指先に向かって念入りにスキャンが行われた。
「背中もスキャンするから、髪を上げてちょうだい」
愛鈴は長い黒髪を両手でつかんで持ち上げた。
「足の裏と股の間がまだ残っているわ。お尻をついて上に向かってVの字に足を広げてちょうだい」
「体操選手みたいですわね」
愛鈴は狭いカプセルの中で何とか言われたとおりの姿勢をとった。
「か、かなり、きついですわ。早くしていただけるかしら」
「ごめんね。すぐ終わるから」
光の輪は足を跳ね上げた愛鈴のつま先から太ももにゆっくりと降りてきて、股の間を念入りにスキャンした。
「うーん、あそこの毛が邪魔でちゃんとしたデータがとれないわね」
「由香、そこまでしなくてもいいですわ。そんなところまでそっくりに作られたら気持ち悪いわよ」
「あ……それもそうね。ごめん愛鈴。これで充分よ」
由香は我に返ったように言った。
愛鈴が足を下ろしてあぐらをかいたところで、円筒が上がってスキャンは終了した。
「さすがに最高解像度だとすごい量のデータね、前の1500倍はあるわ」
由香の声に愛鈴は立ち上がって服を着ながらディスプレイを覗き込んだ。
「肌のしみまでしっかり再現されているなんて、ちょっといやですわ」

愛鈴が服を着たところで男たちが呼び戻され、美南は金属でできたベッドのような台に横たえられた。
首の装置にケーブルが接続され、緑のランプが灯った。

「あなたには本当に感謝しているわ。あなたがいなかったら実験なしで本番を迎えないとだめだったかも知れないもの」
美南に向かって由香が言った。
「いやっ。やめて」
美南は必死に起き上がろうとしたが、手足はまったく言うことを聞かなかった。
「あなた達は狂人だわ。あたしに何をするつもりなの」
「そういえば、話してなかったわね。これから行うのは人間をロボットにするための実験よ」
「馬鹿みたい。そんなことができるわけないじゃないの。やっぱりあなた達は狂っているんだわ。誰か、助けて」
美南の叫びに答えるものは誰もいなかった。



第三話 (7)/終


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