『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (8)

◆転換◆

首からしたの自由を奪われて、横たえられた美南の身体をながめながら愛鈴が言った。
「本当にあたくしとほとんど同じ体格ですわね」
「身長は5ミリ以内、BWHも3センチ以内の誤差よ。これならロボットにするときに少し変形させるだけで大丈夫だわ」
「どのようにしてロボットにするんですの」
愛鈴が聞いた。
「まず、体内にナノマシンを注入するの。それが血管をめぐって体中にあるていど行き渡って臨界を越えたら、
首の装置から分子変換のプログラムを送り込むのよ」
「分子変換?」
「そう。人体の骨や細胞を金属やプラスティックに置き換えるの。実際にはナノマシンと同時に材料となる物質も一緒に注入するのよ」
「難しそうね」
「そうでもないわ。体の変換についてはしっかりとした設計図さえあればほとんど問題ないわ。難しいのは脳の電子化よ。
これは血液が止まって脳細胞が死ぬまでの間にシナプスを半導体に変換して、同時に記憶をデータバンクに格納して意識をプログラムに変換しないと」
「うまくできそうですの」
「逐次プログラムを入れてたんじゃ間に合わないから、最初からプログラムをナノマシンに与えておかないと駄目だと思うわ。
今回はそのための実験なの」
「俺は思うんだけど、ナノマシン自身が自動的に分析をして必要な処理をできるようにすればいいんじゃないかな」
「確かに、赤川君の言うとおりね。そうすれば少量の注入だけであとは自動化できるでしょうね。
でも今のあたしには…これだけナノマシンを理解しているあたしですら、そこまで制御することは無理よ」
「じゃあ、俺にやらせてよ」
「おい、何を馬鹿なことを言ってるんだ」
黒崎が赤川をさえぎった。
「研究テーマとしてならいいわ。でも今回は愛鈴のお爺さんの将来がかかっているんだから中途半端なことをするわけにはいかないの」
由香はやんわりと拒否した。
「ちぇっ、分かったよ」
「そんなことより、表面の材質を考えて。ナノマシン操作コードはここにあるから、分子や結晶の構造をインプットしてプログラムしてちょうだい。
生身の細胞を残しちゃだめよ。血液が通らなくなったらすぐに腐ってしまうから」
「わかったよ。大学の同期に人工皮膚の研究をしていた奴がいたから、そいつのデータベースを見てみるよ」
赤川は端末の前に座ってキーボードをたたき始めた。

「それじゃあ、今のうちにナノマシンを注入して臨界まで濃度を上げておくわね」
由香はそういって、透明な細長いチューブをタンクに接続し、チューブの先端につけられた太い針を、美南の左腕に点滴のように差し込んだ。
「いまからナノマシンを注入するわよ。危ないから離れていてね」
「由香は大丈夫なの」
愛鈴が心配そうに聞いた。
「あたしは大丈夫。万が一のときの対処法も知ってるから」
由香はそういってコンソールを操作した。
タンクがうなりをあげ、水銀のような液体がチューブの中を通ってゆっくりと美南の腕に流し込まれた。

神経を遮断されている美南は痛みも何も感じなかったが、そのことが彼女の不安感をさらに増大させた。

「モニタリング開始」
由香はコンソールに向かって手早くコマンドを打ち込んだ。
ディスプレイ表示された美南の身体の透視図の中で、腕の針が刺されたところから何本もの細いラインがゆっくりと肩のほうへと伸びてゆき、
やがて心臓に達した。
そして心臓が脈打つと、それは動脈に沿って体中へと広がった。
心臓が鼓動を繰り返すたびにグラフィックは精細になってゆき、やがてそれは毛細血管から内臓にわたる精緻な透視図になった。

「これでナノマシンが全身に行き渡ったから、いつでも転換できるわ」
由香がコンソールを操作すると、ディスプレイに脳のグラフィックが現れた。
「いや、やめて」
美南が何か叫ぶたびに、画像の一部が赤く点滅する。
画面に現れた無数の表示を読んで由香は言った。
「まずいわね。精神が不安定だわ。これじゃあまた思考がループしちゃうわ」
「どういうことですの」
愛鈴が聞いた。
「今までの実験結果では、脳をコンピュータに改造するときに精神がなるべく安定していないとだめなのよ。
理沙先輩は冷静だったからちゃんとロボットになれたけど、前回の実験では恐怖の感情が強すぎて暴走してプログラム化された意識を食いつぶしちゃったの」
「お爺様でしたら、その点は覚悟できているから大丈夫だと思いますわ」
「それはそうだと思うんだけど、やっぱりちゃんと意識をプログラム化できるかの確証を取らないと、
愛鈴のお爺さんを危険にさらすことになるかもしれないし…」
「これから実験台になるのに、恐怖を感じない人はいないでしょう」
黒崎が言った。
「仕方ないわね。麻酔薬の成分をナノマシンに生成させましょ」
由香がキーをたたいた。
「嫌…、たすけて……、おね…が……」
美南がしずかになると、赤く点滅していたディスプレイの脳の画像は深い青色に落ち着いた。
「ホラー映画を見ているみたいですわね」
愛鈴が感心しながら言った。
「気分が悪くなってきました」
黒崎が言った。
「私もです。いくら必要な実験だからといって…」
チェンも同調した。
「チェンはわたくしやお爺様のために何人もの敵を始末していますわね。どうしてこの程度のことで…」
「そうよ。拷問しているわけじゃないんだし。今だって苦しまないように眠らせてあげたんだから」
愛鈴と由香が口々に言った。



第三話 (8)/終


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