『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (9)

「私たちは外で待たせてもらいます」
黒崎とチェンは連れ立って外へ出て行った。
「俺は全然平気だよ。黒崎先輩もチェンさんもだらしないなぁ」
赤川が言った。
「そんなことよりプログラムはもうできたの?」
由香が聞いた。
「もちろん完璧だよ。圧電セラミックと有機EL素子を組み合わせたマイクロセルを樹脂で相互結合させてることで、
やわらかさと強度を維持しつつ自由な発色が……」
「有機…何ですって」
「有機EL素子。研究室では一つ一つのセルを作るのに手間がかかりすぎて、広い面積のものは作れなかったんだ」
赤川は自慢げに話を続けた。
「まあ、普通に化学合成で作ってる限りは仕方がなかったんだけど、 由香ちゃんのナノマシンがあれば細胞をそのままマイクロセルに変換できるから大丈夫なはずさ」
「そうね。確かにそれならうまく行くかもしれないけど、本当にできるの?」
「俺にまかせてくれれば大丈夫さ。このプログラムを見てよ」
そう言うと赤川は由香にコンソールを明け渡した。
由香はキーボードをたたいてプログラムリストをしばらく眺めると、感心したように言った。
「今日見たばかりのナノマシンのプログラムをよくここまで書けるわね。ちょっと見直したわ」
「へへっ、由香ちゃんに認められるなんて、嬉しいなぁ」
赤川はニヤニヤとしながら頭を掻いた。
「あとはあたしの脳改造プログラムとマージして、設計図をインプットするだけだわね」
由香がコンソールを操作すると、ディスプレイ画面にさきほどスキャンした愛鈴の画像が呼び出され、
美南の体内に行き渡ったナノマシンにプログラムが送り込まれた。

「それじゃあ転換をスタートしましょう」
由香がスイッチを入れるとベッドの上の美南の身体が軽く震えた。
ブーンという低い音とともに美南の身体の表面から次第に血の気がなくなっていき、
やがて両手両足の指先から次第に作り物めいた雰囲気へと変化を始めた。

変化が胸や腰に及ぶと、その形は愛鈴のデータを元に作られた設計図に合わせて微妙に整形された。
「CGを見ているようですわね」
愛鈴が言った。
「この変化はまだおとなしいほうよ。暴走すると大変なんだから」
「暴走?」
「ええ、何でもかんでも見境なしに取り込んで手がつけられなくなることよ。
理佐先輩が暴走に巻き込まれたけど、ちゃんとロボットになれたのは本当に奇跡的なことなの」

しばらくすると唸るような音は停まり、首のリングから下は光沢を持ったプラスティックのような材質に完全に置き換わった。
手足の付け根と関節には継ぎ目ができ、それはまるで安っぽいマネキン人形のようであった。 継ぎ目は手足だけではなく、胴体にも現れた。
胸のすぐ下から左右に伸びた継ぎ目は身体の側面で腰へと向かい、ウエストのラインに沿って再び身体の前面で繋がって、大きな四角形の蓋を形作っていた。
「この材質じゃ駄目ね。一目で作り物とわかってしまうわ」
由香は変わり果てた美南の身体をコンコンとたたきながら言った。
「まあ見ててよ。これからそれぞれのマイクロセルに色を乗せるんだから。いま愛鈴ちゃんの肌のデータを書き込んでいるんだ」
赤川は自信たっぷりに言った。
赤川の言葉どおり、しばらくすると美南の身体が足先から肌色へと変色し始めた。
足から腰、そして胸から両腕の先へと着色されていくと、表面の継ぎ目はほとんど目立たなくなった。
「色の微調整をするから、愛鈴ちゃん、腕を並べてよ」
「なれなれしく呼ばないでくださるかしら。ねえ由香、この態度は何とかならないんですの」
「ごめん愛鈴。でも赤川君の技術は確かだから」
「由香がそういうのなら仕方ありませんわね」
愛鈴は美南を横たえたベッドの横にしゃがんで、腕を並べた。
「もうちょっと赤を強くして、全体的に明度を下げるといいかな」
赤川が操作をすると、肌の色調が微妙に変化した。
「こんなものかな」
「そうですわね。確かに技術だけは認めますわ。わたくしが近くで見ても自分の手と錯覚してしまいそうですもの」
愛鈴が感心しながら言った。
「それじゃあ、色を定着させるよ」
赤川はコンソールのキーボードをたたいた。
「今のステータスはどうなってるかしら」
由香が確認した。
「首から下の表面は完全に変換を終えてるよ。ただ、その、一部データがなくて…」
「一部?」
「その、あそこの部分…、なんだけど」
赤川は顔を赤くしながら言った。
美南の身体を見ると、股のあいだの性器の部分だけが陰毛もなく、肌色もついていないプラスティックっぽさを残した状態でさらされていた。
「赤川君って意外とウブなのね。そこはいいのよ。設計図にあるでしょ。下腹部にバッテリーを埋め込んで、充電用の端子にするから。
そこまで脱がされるような事態になったら影武者としては用済みだし」
由香が笑いながら答えた。
「そ、そうなんだ。でもどうして動力炉を内蔵せずにバッテリーを使うのか俺にはわからないんだけど」
「そこなのよ。それが難しい問題なのよね。動力炉を内蔵するほうが効率がいいのは確かだわ。
だけどバッテリーのほうが圧倒的にメンテナンスがしやすいのよ。動力炉は出力調整をちゃんとしないと危険でしょ。
この影武者は愛鈴と一緒に香港に行くんだから、あたしたちがいなくても簡単なメンテナンスぐらいはできるようにしておかなきゃ」
「そういうことなんだ」
「あとは人前に出るんだから飲んだり食べたりしないと駄目でしょ。
胃腸の一部はそういうものを分解処理する機構に変換するから、動力炉を入れるスペースがなくなっちゃうのよ。
もっと小型で高出力が安定して出せるものがあれば話は違ってくるんだけど、今の技術じゃこれが精一杯よ」
「体格はほとんど同じでしたけれど、顔とか髪型が違いすぎるのはどうするんですの」
愛鈴が聞いた。
「さすがにそれは、ナノマシンだけでは無理ね。とりあえずそのまま機械化して、顔だけは別に作り直しになると思うわ」

そう言って由香は美南の胸に手をかけた。
胸は左右に開き、腹はウエストのラインを蝶つがいにして開いた。
胸や腹の裏側はつや消しの黒い樹脂になっており、その表面に規則正しく金色の配線が網目のように張っていた。
「内部の変換も順調のようね」
心臓は規則的に脈動しながら樹脂製のパイプに変わった血管にナノマシンを循環させるポンプへと姿を変えた。
不要となった肺は分解され、その空洞には身体の隅々に張り巡らされたコントロールケーブルを束ねる制御装置が作られた。
肺へと延びていた気管は切断され、人工声帯とその制御装置になった。
食道も血管と同様な樹脂製のパイプに変わり、その先にある胃は食物を分解するタンクへと姿を変えた。
小腸、大腸、肝臓や腎臓等の臓器は全て分解され、バッテリーを収納するための大きな空洞が作られた。

「由香ちゃん、そろそろ頭部の改造に入るよ」
赤川はそう言ってキーボードを由香に渡した。
「ありがと。今のところは順調だけど、これからが時間の勝負ね」
由香はモニターを見ながらキーボードを叩き始めた。
「顔面および頭蓋骨変換開始、10%…30%…」
美南の顔が次第に色を失っていった。
「…50%…70%」
髪の毛が抜け落ち、頭部はつるつるになった。
顔面は柔らかさを失い、目を見開いたまま固まった。
「…90%…95%……変換終了。問題ないわね」
「オッケー。全て順調だよ」
「次は眼球と視神経の変換よ」
そう言って由香は美南の顔に手をかけた。顔の前面がまるで能面のように外れると、中から金属とセラミックに変換された骨格が現れた。
由香は美南の腕からチューブを取り外し、先端の注射針をぴくぴく動いている左目に突き刺した。
眼球は一瞬どろりとした半透明の液体に覆われると、硬質プラスティックの球へと置き換わった。
水晶体はオートフォーカスの複合レンズに、虹彩はカメラのような絞りに変わった。
網膜には高密度のCCD素子が形成され、視神経はそれにつながる信号ケーブルに変わった。
左目が終わると、右目も同様に注射針を突き刺し、カメラへと変化させた。
「このあたりの変換も体内のナノマシンにやらせたいところだけど、難しいのよ。
理佐先輩も解像度が低いって言っていたから、ここは別処理でちゃんとしておかないと」
「確かにちょっとグロテスクですわね。耳はいいんですの」
「それは大丈夫。単なる振動と音響と加速度センサーだから人間の耳の機構をほぼそのまま使えるので問題無いわ」
そう言って由香は顔面をカチリとはめこんだ。
「あとは脳改造を急がなきゃ。血液が止まってからのナノマシンでの細胞維持も限界だわ」
そう言って由香は再びキーボードを叩いた。
「シナプスの半導体化を開始するわよ。赤川君は物理変換の状態をモニターして頂戴。あたしは意識のプログラム化と記憶のデータベース化をチェックするわ」
「了解。まかせてよ。脳幹および運動神経の変換完了」
「基本インターフェイスプログラムOK」
由香と赤川は交互に声を掛け合い、作業は進行していった。
「小脳部分の変換完了」
「拡張運動機能および視聴覚デバイス制御プログラムOK」
「大脳旧皮質の変換完了」
「条件反射および基本意識プログラム化完了」
「大脳新皮質変換中」
「記憶データベース構築中」
「大脳新皮質変換終了」
「記憶データベース構築完了。自我意識プログラム化完了」
「全変換プロセス終了。これでOKかな」
「たぶん大丈夫よ。各種プログラム動作チェック、オールグリーン」
由香は一息ついた。
「これでLISAのように命令を聞くロボットになったんですの」
愛鈴が聞いた。
「まだよ。今は意識をそのままプログラム化しただけだから、命令に従うという動作がプログラムされていないもの」
「そのプログラムはどうしますの」
「それは起動してから少しずつ調整していくわ。ナノマシンによって作られた電子脳は一つ一つ違うから、LISAと共通のプログラムを使うわけにはいかないと思うの。それじゃあ起動するわね」
由香はキーボードからコマンドを入力してエンターキーを叩いた。
ロボットは首の後ろにケーブルをつけたままゆっくりと身体を起こし、その瞳を開いた。



第三話 (9)/終


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