『メタル リアリティ』
作 市田ゆたか様
第四話 (1)
◆プロローグ◆
「この駅、でしたわね」
ビジネススーツ姿の女性が、新宿発の特急「スーパーあさぎり」のグリーン車から、桜吹雪の舞い散る新御殿場駅のホームに降り立った。
三つボタンの上着と膝頭までのセミロングスカートは、それぞれ明るいグレーでまとめられ、アジア系の整った顔立ちにサラサラのロングヘアという姿とマッチして、やりてのビジネスウーマンといった様子であった。
女性は改札口を出て、駅前のタクシー乗り場から空車に乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで」
「シノサカ・サイバネティクスに、行ってくださるかしら」
「ああ、今月から営業を開始したところでしたね。あそこの社長もお客さんと同じぐらい若くてきれいな人ですよね。お客さんは営業で?」
「ええ、そんなところですわ」
「しかし、シノサカさんのところは、何を作っているんです? あそこに行くお客さんはほとんどいないんですよ。それなのに、運送会社のトラックはひんぱんに出入りしているし」
初老の運転手はタクシーのステアリングを軽快に操りながら桜並木の山道を登っていく。
「わたくしには、答えられませんわ」
「企業秘密ってやつですか」
そういうと、運転手は質問をやめた。
10分ほど山道を走ったところで車は東富士国際学園都市の一角にたどりついた。
広い敷地に3階建ての小さな建物がひとつ建っており、門からの距離はかなりあった。
「お客さん、どうします? 門の前でいいですか」
「正面玄関まで」
女性がほほえむと、どこかでそれを見ていたように、閉ざされていた門がゆっくりと左右に開いた。
タクシーは敷地に乗り入れると、建物の正面の車寄せに停まった。
「支払いはカードでおねがい」
そういって女性はクレジットカードを運転手に手渡した。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
運転手はカードを受け取ると、メーターの横のスキャナに通した。
「お客さん、これって海外カードですよね。失礼ですが、もしかして日本人じゃないんですか」
「ええ、わたくしは日本人ではありませんわ」
女性は渡された伝票にサインをしながら言った。
「今まで気がつきませんでしたよ。日本語がお上手なんですね」
「ありがとう」
そういって女性はカードを受け取ると、車から降りた。
タクシーが敷地から出ると門は自動的に閉まった。
彼女が玄関にむかうと、透明なガラスの自動ドアが開き、中から白衣を着て眼鏡をかけたショートヘアの女性が出てきた。
「どうしたの愛鈴。連絡もなしに突然。正門のセンサーが反応したからびっくりしたわよ」
「ごめんなさい。由香、久しぶりですわね」
愛鈴とよばれた女性が言った。
「あ、愛鈴ちゃんだ。久しぶり」
由香の後ろからツナギを着た青年が声をかけた。
「赤川さん。わたくしは、あなたに会いに来たのではありませんわ」
そういって愛鈴は由香に向かって話を続けた。
「そんなこと言わずにさぁ」
赤川は愛鈴ににじりよっていく。
「おい、赤川。お前はまた何をやっているんだ…」
後からやってきたスーツの男が赤川を叱り飛ばした。
「く、黒崎先輩」
「先輩ではない、部長と呼ぶように言ってあるだろう」
そういうと、愛鈴に向き直った。
「失礼しました」
「突然お邪魔してごめんなさい。今日来た目的は…」
愛鈴が話を続けようとするのを由香がさえぎった。
「もうわかったわよ。これは愛鈴のテストね」
「はい、由香様。私は愛鈴様の命令で、こちらに来ました」
「OK。もう愛鈴のふりをしなくてもいいわ。ARX-046、コマンドモードに移行しなさい」
「さぶますたー、篠坂由香サマの声紋ヲ確認。ARX-046ハ、こまんどもーどニ移行シマス。由香サマ、ゴ命令ヲドウゾ」
そういうと、愛鈴の姿をしたロボットは無表情に直立姿勢をとった。
「うそ、愛鈴ちゃんだとばっかり思っていたら影武者ロボットだったなんて」
赤川が驚いた声を上げた。
「よく教育したものね。愛鈴にはこういう才能があったのかしら。ARX-046、今愛鈴に連絡できるかしら」
「ハイ、由香サマ。愛鈴サマと接続シマス。ピッ…ピッ…ピッ…、プルルル…」
ロボットから電話の呼び出し音が聞こえた。
「プルルル…、もう見破られてしまいましたのね。さすがは由香ですわ」
呼び出し音が二回なったところでロボットの口からさきほどまで話していたのとまったく同じ声が聞こえた。
半開きに固定された無表情な口から聞こえる人間的な声にはどこか不気味さが感じられた。
「愛鈴、いまどこにいるの。まさか影武者ロボット一人でここまで来たわけじゃないわよね」
「ロボットは、新宿のマンションから一人でそちらまで行きましたわ。いちおうリモートで監視はしてましたけれど、途中で割り込み命令を一つもなしでそちらまで行きましたわよ」
「あ…愛鈴。もしバレたらどうするつもりなの」
「あら、そういうことがないように精密に作っていただいたはずですわよ。由香は自分のロボットに自信がありませんの?」
「そうじゃなくて…。まあいいわ。無事に着いたんだから。それで愛鈴はいまどこにいるの」
「チェンの車で今インターチェンジを降りたところですわ。あと15分ぐらいで着きますわね」
「わかったわ。それじゃあ、黒崎さんにお茶を入れてもらって待っているわね」
「ええ、それでは。プーッ、プーッ、プーッ……愛鈴サマトノ接続ガキレマシタ」
「由香ちゃん、人形と話しているみたいで怖いよ」
「何を言ってるの。これから、こういう機械人形を作らなきゃならないのよ。今度つくるロボットはこれ以上に失敗が許されないんだから」
「判ってるよ。それにしても、一段と愛鈴ちゃんに似てきたなぁ」
赤川はそう言って、ロボットに手を触れようとした。
「ピッ…、ワタクシニ、サワラナイデ、クダサイ」
ロボットは無表情に言った。
「さすが愛鈴。こんなところまでよく教え込んだわ」
「そんなぁ…」
「さあ、これから愛鈴さんを迎える準備をするんだ。私はお茶を淹れるから、お前は応接室を片付けるんだ」
へこんでいる赤川に向かって黒崎が言った。
第四話 (1)/終
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