『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第四話 (2)

◆再会◆

事務所の玄関に黒い大型のセダンが横付けされた。
「お久しぶりです」
運転席から降りた細身の中国人が挨拶をした。
「チェンさん、おひさしぶり」
チェンが後部座席のドアを開くと、中からさきほどのロボットとそっくりな若い女性、今度は生身の龍愛鈴が現れた。
愛鈴は、さきほどのロボットとは違い、しゃれたデザインのブラウスにミニスカート、スニーカー履きという軽装であった。
「こんどこそ本当に久しぶりですわね、由香」
「愛鈴も元気そうね」
愛鈴が降りた後にチェンは車のトランクから車椅子を取り出して、セダンのドアに横付けした。
奥のシートから出てきた老人がゆっくりと腰を滑らせて車椅子に座った。
「久しぶりじゃな」
車椅子に座った老人は由香たちが昨年の夏に香港で会った白龍グループの総帥であり、由香の会社の出資者でもある龍健剛であった。
「ろ…龍さん。お、おひさしぶりです」
由香が挨拶をした。
「ようこそ篠坂サイバネティクスへ。来られるのであれば事前に連絡をいただければ準備もできたのですが…」
黒崎も続いて挨拶をする。
「いやいや、こういうのは抜き打ちにしないと実態の確認ができんからな」
そう答える老人は、以前と比べるとかなり老けているように見えた。
「初めてなのは健剛さんだけですね」
黒崎は一行を応接室へと案内した。

応接室では愛鈴の影武者が直立姿勢のまま待っていた。
「由香、どうしてこの子を立たせたままですの。ARX-046、ソファに腰掛けなさい」
「ハイ、愛鈴サマ」
そういうとスーツ姿のロボットはソファに腰を下ろし、愛鈴はその横に並んで腰掛けた。
「愛鈴はカジュアルで影武者がスーツでしょ。何も知らない人が見たら、影武者のほうが白龍グループの後継者だと思うわよ」
「当然ですわ。そのために、これだけ教育しましたのよ。ARX-046、自律モード」
「ハイ、愛鈴サマ。自律もーどニ移行シマス。…教育していただいたおかげで、これだけ忠実に愛鈴様を演じることができるようになりましたわ」
愛鈴とそっくりの口調でロボットが言った。
「大学にも何度か入れ替わって行きましたけれど…」
愛鈴はそういってロボットに微笑みかけた。
「…一度も、ばれることはありませんでしたわ」
愛鈴の言葉を引き継いでロボットが言った。

「これだけのロボットができるのなら、投資も無駄ではなかったということじゃから、わしも安心じゃ。わしの目に狂いはなかった言うことだからな」
そういって龍老人は満足そうに笑った。
「黒崎君に土産があるんじゃよ。チェン…」
「はい龍大人」
チェンは老人に答えると、小さな紙包みを取り出して黒崎に手渡した。
「これは…」
「ダージリンの初摘みじゃよ。確かお茶が好きだといっていたからな」
「ありがとうございます。それでは早速淹れさせていただきます」
黒崎は戸棚からティーカップを取り出すと、テーブルに並べていった。
「龍健剛さん、愛鈴さん、チェンさん、社長と私、それに赤川の…」
「待って、この子にも飲ませてあげてくださるかしら」
愛鈴が言った。
「ロボットに…ですか」
「そうですわ。影武者をきちんと演じるために飲食機能をつけているんですから。こういうところで差別すると、せっかく学習させた効果がなくなってしまいますわ」
「さすが愛鈴ね。学習が早いはずだわ。成長した制御プログラムを見てみたいわね」
「由香ならそう言うと思っていましたわ。お茶を飲み終わったら由香にあなたのプログラムをダウンロードさせてあげて」
愛鈴はロボットに向かって微笑んだ。
「わかりましたわ。お茶を味わう時間をいただける、愛鈴様のお心遣いに感謝いたしますわ」
「まるで自意識があるみたい。はやくプログラムを見たいわ」
「わたくしに自意識はありませんわ。愛鈴様のご命令どおりに動くプログラム。それがわたくしですわ。わたくしの言葉も仕草も表情も、愛鈴様を演じるために最適なパターンを計算しているだけですわ。
プログラムをはやく見たいのは理解できますけれど、サブマスターの由香様よりもマスターの愛鈴様のご命令を優先させていただきますので、お茶を飲み終わるまで待っていただきたいと思いますわ」



第四話 (2)/終


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