『双子のパーソネイター』
作 シンゲツサイ 様
フィーナ編 2
パーソネイター。人の手による人、人を演じるものという意味の造語である。
人に人が手を加えることが倫理に反する、そういった声をたびたび耳にするが、僕はそうは思わない。
今日の生物は、長い歴史の中で自身を変化させることで積み上げてきた結果の上に成り立っている。
そういった『進化』と、人自身で人を変化させるのと何が異なるのだろう?
「だだいまマスタ……じゃなくて、おにいちゃん」
学校から帰ったばかりで、ころころと着ぶくれしたフィーナがやってきた。『細工する前』とは違い、声も動作も控えめである。ああいう細工をすると、こういう変化がでるのか。
「あれ、今日で学校は終わりでしょ? あまり元気がないね」
「そんなこと……」
長い間雪に閉ざされる北の大地では、冬の休みが一番長い。併せて人の行き来がほとんどなくなるため、副業にはもってこいの時期といえる。
だいぶ前から、僕はこの時を待っていた。
「あ、それよりみて。あたし、すっごくテストの点数よかったんだよ」
「へえ〜」
フィーナが取り出したのは学期末の学力診断テストの答案だった。普段のテストと比べレベルが高く、僕も苦い思いをしたことを覚えている。
差し出されたのは数学の、なんと満点の答案だった。
「おお、これはすごいね! 数学が得意とは知らなかったよ」
「えへへ……」
「ところで、他の科目はどうだったんだい?」
「あ、それは……その…………」
とたんに口ごもる。それはそうだろう、他の教科はいままでと同じ程度の成績で、とても誇れるものじゃないはずだ。
数学に強いのは、小さな頭の中身が高性能の演算装置だからにすぎない。
「あはは、聞かないことにしておくよ。今日も早く終わるけど、また雪合戦に付き合おうか?」
「ううん……きょうは、いい」
そう言いながら、ちらちらと僕の様子をうかがう。何かをためらっているようだ。
「ん? どうかした?」
問いかけても答えず、フィーナは下を向いてもじもじしたままだ。
しばらくそのままだったが、意を決したかのように一人でうなずくと、そのままカルテの整理をしている僕の袖を捕まえ、顔を赤くしながらねだる。
「ねえ、だっこして……」
「だっこ? 卒業したんじゃなかったの? こども扱いするなっていつも言ってたじゃないか」
「……ダメなの?」
僕は答えず、そっとフィーナを抱き上げた。厚着とはいえ、少女にしてはだいぶ重たい。
「ん、フィーナ。どうかした?」
「……」
抱き上げられたフィーナはぼんやりとしたまま、一言も喋らない、いや、しゃべれなくなった。そうプログラムしたからだ。
上手く働いているのならば、今、フィーナは僕のことしか考えていないはずだ。
今回の細工の一つ、僕のことを考えると、僕に関係ない思考ができなくなる。
僕は人形のようにおとなしいフィーナを抱えたまま、残っている仕事を片付けることにした。
○
「フィーナだいじょうぶ? ずいぶんとぼんやりしてるみたいだけど」
フィーナの様子は夕食の時間になっても変わらず、フィータが大変心配していた。
「えと、ちょっと疲れてるのかな。ごはんもあんまりたべたくないし……」
そういいながら、フィーナはまた僕の様子を盗み見る。
「食欲ないなんて、風邪でもひいたの?」
「ううん、だいじょうぶ。ごちそうさま〜」
姉の尋問をかわすべく、フィーナはご飯を残したまま部屋に引き上げてしまった。
「あ、待ちなさい、フィーナ!」
フィーナを追いかけようと立ち上がるが、それを静止するかのように、兄が呼び止めた。
「フィータ」
兄に呼びかけられたとたん、フィータの持つ雰囲気が変わったような気がした。
フィータは微かに身を震わせ、恐れるように、憎むように兄を見つめている。
「明日から検査入院だ。しばらく処置室にこもってもらう」
「……はい、フェリューさん」
フィータは伏し目がちになり、兄は反論を許さないと言った強い口調。まるで捕虜と看守のやりとりのようだ。
見ての通り、兄とフィータの仲は思わしくない。が、それは兄の問題であって、僕が口を出すところではない。それが、僕らの暗黙のルール。処置室で兄とフィーナが何をしていようとも、僕には関係のないことなんだ。
○
いつものように、兄と僕とでフィーナ……ゼロナナをアトリエへ運びこんだ。
これから取りかかる体の改造は、今まで以上に手間のかかるものだ。
脳を変えてあるとはいえ、生身の時と同じくデリケートなデバイスだ。首だけ機械にすげ替えるような手術では拒絶反応が強く出て、壊れてしまう恐れがある。
そのため、改造は一カ所ずつ行う。機械を埋め込んでは筋肉や骨、内臓をはぎ取るといった面倒な方法で。
交換するたびに脳が馴染むまで待たなければならないため、時間もかかる。
「ギュー、今回は長居作業になる。気分が悪くなったら言うんだぞ」
「わかってるよ」
初めに取りかかるのは、心臓の交換だ。最終的には必要の無くなる器官だが、他の臓器を交換が終わるまで生かしておく必要がある。そのために栄養や血液ではなく、電力で働く生命維持装置が必要なんだ。
ゼロナナを裸のまま仰向けに寝かし、すでに胸を切り開いてある。骨の回りなど、あちこちに兄が引いたケーブルが見えているが、まだまだ人間らしい形を保っている。
僕らはこれに鉄の心臓を埋め、血管に繋ぎ変え、まだ脈打つ心臓を摘出する。ここで脳が拒否反応を示すので、鎮静する信号を送り、馴染むのを待つ。
○
こうした地道な作業を続けて、すべて終わるまで二週間もかかってしまった。
胸を開かれたまま、仰向けになっているゼロナナの中には、もう、以前の瑞々しい臓器は見あたらない。
そこにあるのは金属製の骨組み、電力を蓄えるバッテリーや、人間の動きを再現する特殊なモーター、脱着可能な四肢、人間らしさを再現するためだけに付けられた胃の役目を担うタンク、『遊ぶため』の人工膣と子宮などなど。
顔や姿は幼い少女そのままのフィーナと、傑作と呼ぶにふさわしい機構を持つゼロナナのコントラストがまぶしい。
「……これでようやく終わる。どうだギュー、PX07の最後の仕上げ、やってみたくはないか?」
兄の言う最後の仕上げとは、人間の臓器を生かすために埋められ、その役目を終えた心臓を処理することだ。人工とはいえ、命を紡ぐ最後のパーツだ。これを取られれば、人間セラフィーナの存在は、完全に消えることだろう。僕は快く引き受けた。
「さよなら、フィーナ」
僕は心臓をそっと引きはがし、機械を剥き出しにしたまま仰向けに眠るフィーナに一瞥し、思い切り床にたたきつけた。フィーナの命は、まるで破裂するようにバラバラに砕け散ってしまった。
○
翌朝、僕はフィーナを起こすために部屋を訪れた。寝息を立てるフィーナに近づき、そっとゆする。
「フィーナ、もう朝ご飯が出来たよ」
「ア……マスター、オハヨウゴザイマス」
寝ぼけたフィーナは、僕をマスターと呼んだ。僕の呼び方のライブラリに、マスターと言う単語を追加しておいたためだろうか。
「さあ、起きあがって」
「ハイ、マスター」
フィーナはベッドからゆっくり身を起こそうとするのだが、動きがとてもぎこちなく、油を差していない工業機械のようだ。
脳に馴染ませてあるとはいえ、動かし方のコツまでは掴めていないのだろう。声も動揺で、人間の声帯を模しているにもかかわらず、電子音のように聞こえる。
原因までは分からないが、機械としての性質が大きく出てしまっているようだ。
バタン!
ふらふらしながらも、足を付き立ち上がろうとしていたフィーナだが、ついにバランスを崩し、床に倒れ込んでしまった。
「マスター、マスタ……おにい、ちゃん。バランサーが……なんだか、ふらふらする」
「はは、寝ぼけているんだよ。先に台所へ行ってるから、ゆっくりおいでよ」
「ハイ、マス……うん、おにいちゃん」
○
台所へ行くと、兄がコーヒーを飲んでいた。
「兄さん、フィーナの様子だけど、ちょっと変わりすぎというか、機械じみているというか……二週間も昏睡してたし、ああいうのも仕方ないのかな」
「……昏睡状態が長いせいで、エアは衰えているのだろう。仕方がない、心は生ものだからな」
ドシン!
大きな音に振り向くと、廊下の僅かな段差部分で大きく転び、横になって倒れているフィーナがそこにいた。
「マスター、各部のチェック……うえ、きもちわるいよぉ……調整して、クダサイ」
その様子を見ていた兄は大きなため息をつく。きっと、予想していた以上にフィーナの人間性が失われていたためだろう。
「兄さん、脳が起きてないだけかも知れないから、一日くらい様子を見ようよ」
○
夜にもなると、目が覚めたためか慣れたせいかは分からないが、フィーナの声や動きはだいぶなめらかになってきた。
「おにいちゃん、あったか〜い……にへへへへ〜」
それでもぼんやりしているのは相変わらずで、『僕に好意を抱く』というプログラムが先行してしまっているらしく、べったりくっついて離れたがらない。
「……なあフィーナ、少し離れてくれないかな?」
「ハイ、マスタタタタ……ヤダよ、離れたくなななな……ガ、ピ……」
僕の言葉に混乱している。『ギューの命令には従う』というプログラムと、人格がぶつかりあっているのだろう。
記憶自体は全く損なわれてはいないはずなのに、とても危なっかしい感じがする……エアが衰えるというのは、こういうことなのかな?
「ギュー、例の機能を使ってみないか?」
「え?」
そんな様子を悔しそうに見ていた兄の突然の申し出に、僕は途惑った。
「例の機能って、どうして急に。テストがまだだから?」
「ショック療法というヤツだ。自分の異常すら認識できないようでは、PX07は失敗作と言わざるを得ないからな」
「でも、ショックくらいなら端末からでも……」
「残念だが、端末からではあのアナログ状の信号を作るのは困難なんだ、そもそもデータが無い。それとも、お前は幼い少女では嫌か?」
僕は今夜にでも試してみようと思っていたところだ。断る理由はない。でも……
「でも、さすがに恥ずかしいって……僕アトリエでやるからさ、兄さんこっちで待っててくれないかな? 終わったら、呼びに来るからさ」
「それは構わないさ。ゆっくり楽しんでこい」
○
狭く、薄暗い手術室の明かりをつける。機器は片付けられ、大きめの処置台は広々としていて、テストにはもってこいだ。
フィーナの体には人間の神経を模した伝達組織が組み込まれており、触れた感触、温度、刺激といったものをアナログソースのまま脳で感じることができる。
また、末端のパーツを構成する金属も、微弱な電荷を分散させるのではなく、一カ所に通す特殊なものを使っている。このためポイントに伝達組織を配置すれば、センサーなしで内部の摩耗、断線や手足の脱着から、ネジ一本まで自分の触感として感じられる、画期的な技術だ。
本来は体の異常箇所を敏感に察知するとともに、人間同様の「痛み」を感じるためのシステムだが、今回のように違った使い道もある。
「フィーナ、自分で服を脱ぐんだ」
「え、お風呂はここじゃ……了解シマシタ……あ、れ?」
フィーナは途惑いながらも、僕の前で服を脱いでいった。
脱ぎ終わったことを確認してから、兄からのプレゼント、携帯用コンソールで指示を打ち込んでいく。
「シグナルをルーティングせずに、ダイレクトのまま感覚中枢Eに送るようセット」
「え、なにこ……設定ノ変更ヲ行イマス。シバ……あう、あれれ?」
作業台の上に座らせ、準備ができるまでしばらく待つ。これでコンバーターで信号をデジタルに変換することなくそのまま脳に伝わり、強い刺激を与えることができる。
ちなみに感覚中枢Eというのは、主に快楽を感じる部分である。
さすがにこの作業には疑問を感じるらしく、フィーナの反応も変わってきた。アナログ信号というのは、脳を目覚めさせる効果があるかも知れない。
「やあフィーナ、ずいぶんぼんやりしていたようだけど、だいじょうぶ?」
「ハイ、マ……う、うん。なんだろ、今日なんかすんごくぼ〜っとしちゃって、やっとすっきりしてきたみたい」
気付いたら見たこともない部屋で途惑うらしく、口を開けたままきょろきょろとあたりを伺っている。
「あれ、何で裸なの? ねえ、ここどこ?」
「フィーナ用の診療所だよ。ここで二人っきりになるのも、いいと思って」
「え、その……はうぅ」
フィーナのほおが赤く染まる。芸が細かい兄に感心しつつ、僕はそっと唇を重ねる。
「はう、やあ、ん!……んん……?」
すこしの抵抗はあったが、快楽の後押しからか、フィーナはすんなり受け入れる。
唇は甘くも酸っぱくもない。見た目は人間のそれであっても、触感はさわり心地のよい軟質ゴム、ってところだ。
こんなものにまで感覚神経を通すことができる、兄の技術力に畏敬の念を禁じ得ない。
「あ……? なんだろ、間接のあたりがくすぐったいような、いたいような……」
「感じてるんだよ。フィーナくらいの歳じゃ分からないと思うけど」
「?」
首をかしげ、吹き出し付きのぼんやり顔で見上げる仕草がかわいらしい。
間接のあたりがくすぐったいのは当然だろう。難しい話は脇に置いて、間接の神経は構造上過敏になっているから、感じやすいんだ。
その中でも、もっとも過敏な両足の付け根を、そっと刺激する。
「や、なんでそんなとこ……いや、くすぐったいよ……」
フィーナの接合部は特別製だ。形こそ幼い少女のそれだが、中身は『楽しむこと』に特化されている。感じられる素質は十分なはずだ。
「心地よいはずだ。アナログデータによる影響を報告しろ」
「データ該当ナシ、信号ガ……しびれて、気持ちい……いや、あたまがおかしいよ、やだ……」
快楽と恐怖が同時にやってきたためか、ひどく混乱している。改造の時と同じく、ゆっくり慣らす必要がありそうだ。
僕は合成繊維で作られた人形の一部分を、優しく、本当に優しく刺激した。
「許容量ヲ……あうう、うひゃあ!」
ゆっくり、ゆっくり感覚を慣らしていく作業は楽しい。未知の快楽に途惑う様、プログラムと心のせめぎ合い、どれも見ていて心地よい。
「はああ、あひい……ガ、ガガ……」
それも、そろそろ終わりのようだ。そういえば、ゼロナナが絶頂を迎えられるのかどうか、兄から聞くのを忘れていた。暴走や故障の危険はないのだろうか?
僕はすぐに懸念を払いのける。致命的な危険があれば兄は警告するだろうし、僕自身、どうなるのか興味がある。
フィーナは先ほどから続けている責めに、もう我慢がならないといった様子だ。僕の腕を払いのけはしないが、必死にもがいている。
僕は合成繊維で作られた膣の奥深くに、指を打ち込んだ。
「おに、ちゃ……熱いよ、もう止め……ビイイ!」
バチン! シュ〜……
目から火花が散ったかと思うと、ゼロナナの全接合部やハッチが開き、金属部分が剥き出しになった。
あちこちから熱気があふれ、特に頭部は触れないほど熱い。火花を放った目は光を失い、よく見ると内側が焦げているようにも見える。目を交換する必要がありそうだ。
「強制冷却モードヘ移行シマシタ。冷却装置作動中」
ゼロナナではなく、制御装置からのアナウンスが入る。なるほど、絶頂は熱暴走で、回避として冷却するわけか。
さて、兄に感情が戻ったことを報告しよう。力なく手術台に倒れたゼロナナをその場に残し、僕は足早に家へと戻った。
○
「おかしいな、兄さんどこに……」
家に戻ると、兄の姿はなかった。台所にも外にも姿が見えない。
普段は立ち入らない、『フィータの』処置室が空いているのに気がついた。しかし中を覗いても、ケーブルや改造時に使用する機械が散乱しているだけで、兄を見つけることはできなかった。
そこでふと気がついた。
「フィータの姿もないじゃないか」
きっと、兄はフィータを連れて出かけたのか、逃げたフィータを追いかけていったのだろう。
しかし、困ったことになった。僕はまだ簡単なメンテナンスしか行うことができず、もしこのまま兄が帰ってこなければ、ゼロ……フィーナの維持が困難になってしまう。
「兄さん、いったい……」
フィーナ編 2 終
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