<美貴&陽子 その1>

 美貴と陽子は、舞に連れられて住宅地のはずれにある、塀で囲まれた庭付きの建物にやってきた。舞に言わせればそこが彼女のアルバイト先だという。門には何もかかれていない。相変わらず無表情な舞に続いて、二人は建物の中に入っていった。
 建物の中は、非常に明るかった。どこかの病院か学校のように、タイル張りの廊下に白い壁が続いている。そして、彼女たちはエレベーターに乗った。  エレベーターを降りて、部屋の一つに案内される。陽子は、廊下にいる限りでは明るいが殺風景で、なんだか建物の中で迷いそうだと思ったが、部屋に入ると大きな窓が開いていたので一安心した。窓の向こうには、自分が歩いてきた道が見渡せる。そう言えば、建物に入ってから今まで誰にも会わなかったのを彼女は思いだした。
「ここでしばらく待っていて」
 舞が言う。
「そういえばさ」美貴がようやく口を開く。
「舞、電車降りてからはじめて口聞いたよね」
「うん」肯く陽子。その通りだった。それだけでなく、彼女はこの建物の異様な静けさが気になった。
「ねえ、美貴」
「え?」
「なんか、すごく静かじゃない」
「うん。でも、何か研究してるんだろうし・・・」
 陽子は部屋のソファに腰掛けた。美貴も習う。しばらく二人でぼけっと外を見ていると、男が白衣を着た舞を連れて部屋に入ってきた。男と舞を比べると、やはり舞の動きはおかしい。というか、彼女の動きには妙に無駄がない。
「舞君から聞きました。とりあえずこのアンケートに答えて下さい」
「あの」美貴が聞く。
「はい」
「具体的な内容は・・・・」
「まあ、それはアンケートに答えていただいてから」
 男は二人にアンケート用紙を渡した。内容はほとんど履歴書のようなものだったので、二人は程なく書き上げて男に渡した。舞は白衣のまま、やはり無表情で、まったく身動きをせずに横に立っている。
「では、まず健康診断を受けていただきます」
 男はアンケートに目を通すとそう指示した。
「え?」驚く二人。
「いえ、ここで働いて頂くのには必要なことですから・・・・健康診断の後、お二人は順番にこの中をご案内しましょう」
「はあ・・・・」二人は釈然としなかったが、男に従って部屋を出る。舞も一緒についてきた。
「ここで着替えて下さい」男は、一つの部屋のドアを開けると言った。
「着替える?」
「ええ。健康診断ですから、全部裸になって検査衣に着替えて下さい。もちろん私は外しますから、着替えたら後は舞君の指示に従って下さい」
「え、下着も駄目なんですか?」陽子が驚いて聞く。
「はい。すみませんが・・・・胸の方はともかく下の方は同じ素材のパンツを渡しますので」
「はあ・・・・・」
 二人は部屋に入った。ロッカーがたくさんおいてある。どうやら本当に更衣室のようだった。男がドアを閉めると舞が、二人に青い「検査衣」をわたす。クリーニングしてあるのか新品なのか、ぴちっと糊づけしてあるようだ。開いてみると、まるで割烹着のように、上からすぽっと被るようにできており、首を出す穴と袖がついている。長さはちょうど膝ぐらいだ。例のパンツも一緒にある。
 ふと視線に気づくと、白衣を着た舞が直立したまま二人を見ている。
「ちょっと舞、健康診断って何?」陽子が聞く。
「身体計測、採血等よ」
 無表情に、例のごとく抑揚のない声で口だけ動いているように舞が答える。陽子は、舞が最後に「とうよ」と言ったのがすごく引っかかった。
「ねえ舞、どうしちゃったの?舞おかしいよ」美貴も舞の態度を不審に思い舞に詰め寄る。
「どこもおかしくないわ。時間がないの。早く着替えて」
 二人が何を言っても舞は表情一つ変えず、直立不動の姿勢を保ったままだ。
「もう・・・・わたし帰る」美貴がたまらず一度おろした鞄を肩に掛ける。
「ちょっと美貴、それはないよ。わたしだけ置いていくの?」陽子が慌てて止める。
「ねえ舞、何があったの?」それでも反応しない舞に陽子は言った。美貴は、完全にふくれている。
「本当に何もないわ」
 舞はその一点張りだ。まるで感情が感じられないようにすら思われた。
「わかったわよ・・・・舞、ちょっと外してくれない。終わったら呼ぶから」舞は、無言で陽子に従い部屋を出た。おそらく、舞は彼女たちが何を言っても聞くまいと思った陽子は、さっさと服を脱ぎ始める。
「ちょっと陽子!」
「いいわよ。ここにいればきっと舞に何が起こったのかなんてすぐにわかるわ」
「でも、なんか怖いよ」美貴が泣きそうな声を出す。
「もし何か薬とか飲まされてたらイヤじゃない」
「そんなの自分が飲まなきゃいいのよ。とにかく、舞が心配だわ・・・・」
 陽子は少し美貴から隠れたようになると裸になって頭から例の検査衣を身に着け、着ていた衣服をロッカーに入れた。検査衣の肌触りが紙のように感じる。
「ほんと。病院のと同じ」感触を確かめるように言う陽子。美貴が唖然としたように検査衣姿の陽子を眺めている。
「ほら、ぐずぐずしてると置いてくわよ」
「待ってよ!」
 あわてて美貴も着替える。二人とも検査衣になると、そこにあったサンダルを履いて舞が出ていったドアを開けた。
「お待たせ・・・・おっと!」またもや驚く二人。
 舞は、ドアの正面にやはり直立不動で立っていた。二人が彼女に連れられて元の部屋に戻ると、男が待っていた。
「では・・・・・一人づつ検査室に案内します。残られた方は申し訳ないですがもうしばらくここで待っていていただけませんか」
「わかりました・・・・で、もしかして・・・」陽子が美貴の不安そうな顔を見ながら言う。男は彼女が言わんとしていることが理解できたようだった。
「あ、大丈夫ですよ。必要なときには女性の検査技師がいますから」そう言って、男は二人の顔を見比べた。
「で、どちらの方から先に?」
 顔を見合わせる陽子と美貴。 「一緒じゃ駄目なんですか?」美貴が質問する。
「ええ、ちょっとスペースがないもので・・・・それに一つあたり時間がかかりますしね」
「じゃあ・・・・」陽子が言いながら腰を上げかけたときだった。
「わたしから」美貴が先に立ち上がる。陽子は一瞬心配そうな顔をしたが、座り直した。
「わかりました。では・・・・、陽子さんの方はしばらくお待ち下さい」
 男と舞、そして美貴が出ていく。彼女は一人部屋に残された。


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