<陽子 その2>
しばらくすると、男は舞を連れて戻ってきた。
「美貴さんの検査が少しかかるのでその間、この中を案内しましょう」
「この格好で?」陽子は思わずそう言った。いくら何でもこの格好で他の人に見られるのは恥ずかしい。
「ええ、大丈夫ですよ。ここにはあまり人はいないし、さあ」
男に従い、陽子は部屋を出た。
「あの」
「はい?」
陽子は男に質問した。
「ここは一体、何の研究をしているんですか?」
「そうですね」男は少し考える風だった。舞は相変わらず表情一つ変えない。陽子はだんだん舞が不気味に思えてきた。
「言うならば、人間の若さを保つ研究です」
「若さ?」
「ええ。ついてくればわかりますよ」いいながら、男はエレベーターに乗り込む。陽子と舞が乗り込むと、男は地下のボタンを押した。
陽子はさっきからあまり舞の顔を見ていない。どうも舞が不気味に思えてから顔を真っ直ぐ見るのがためらわれてしまう。が、それだけではなかった。舞は部屋を出たときから常に陽子の少し後ろを歩いており、陽子も振り返らぬ限り舞の顔を見ることはできないのだ。
(まるで連行しているみたい)陽子は思った。その思いがかえって舞の不気味さを盛り上げる。それを知ってか知らずか、舞はエレベーターの中でも陽子の斜め後ろに立っていた。
エレベーターが地下に到着する。少しくらい廊下を、三人は進んだ。男が、突き当たりの鉄のドアを開ける。
「ここの資料倉庫です」男が言いながら電気を点ける。とはいっても、証明は薄暗く、足下が照らされるだけだった。静けさの中にブーンという低い音がそこここから聞こえてくる。
「そのまま待っていて下さい。徐々に明るくしますから」
男は一人で動き回り、あちらこちらのスイッチを入れて部屋の中を明るくしていった。部屋はかなり広いようで、部屋の真ん中に何本も柱が見えた。そして、徐々に明るくなっていくとともに陽子の目にも、部屋の中に見えるものがだんだんと解ってきた。
「これは・・・?」口に出して呟く陽子。そこには、たくさんのマネキン人形のような、人の形をした物が立っていた。それだけではない。柱に見えた物のうち半分は、円筒形のガラス容器か何かで、その中にもやはり人の形をした物が入っている。
「ウチの今までの商品ですよ」男が答える。
「商品?」
「ええ」
男の答えに、陽子は混乱した。そこにある「人の形をした物」は、人形にしてはリアルすぎる。マネキンや蝋人形のような物からはじまって、まるで剥製のような物まである。
「ウチの商品は、若さの保存です。美しい物は永遠に残してこそ価値があると思いませんか?」
陽子は、男の言っている意味がよくわからなかった。そう言われてみれば、ここにあるのは若い女の形をした物ばかりだ。しかしそれが、「若さを保つ」こととどういう関係があるのか・・・・
「これを見て下さい」男がその一つを指す。マネキンのような女の人形。しかし、マネキンと言うには少々リアルすぎる。
「ごく初期の商品ですが、剥製です。ご存じの通り剥製は手入れが大変でね・・・」男が、その「剥製」をポンと叩く。
「特に人間の場合、体毛が薄い、というよりこの場合は体毛を処理してしまうので、皮膚の劣化があからさまになってしまいます。一応皮膚の上から保護剤を塗布してはいるのですが、そうすると手触りがね・・・・」
男は得意げに説明する。陽子は何がなんだかまったく解らなかった。男はこれを剥製といったが、ならばこれは人間の・・・・・
陽子は恐る恐る後ろを振り返る。舞は、まったく表情を変えないまま立っている。舞にはこれがなんだか解っているのだろうか?と陽子は思った。
「これもよくご存じの蝋人形です。全身を固めた後蝋でコーティングしてあります。が、いかんせんやはり蝋なので・・・・」男は続けていた。
「ちょっと待って下さい」陽子はようやく口を聞くことができた。
「蝋人形とか剥製とかって・・・・いったいこれは」
「ええ、人間です。人間を若く美しいまま保存するというのには世界中に需要があるんですよ。町で見初めた女性から愛人、それから自分の娘なんていうのも。当然圧倒的に多いのは女性の保存体化の注文です。ごくまれに男性のもありますが本当に珍しい。我々はこれを保存体と呼んでいます。商品にもよりますが保存体の保証期間はだいたい20年から30年の物が多いですね」
陽子はめまいがした。一体自分はここで何をしているのだろうか・・・・
「冷凍保存や液体プラスティック封入もあるんですが、これは飾るのにはいいですけれど体に触れることができないのでね・・・・お客さんの嗜好にもよりますけどいい物を作れば作るほど要求が厳しくなってくる」男は林立する円筒形のケースを指しながら説明した。舞は陽子の後ろを黙ってついてくる。
「で、これが今の人気商品です」男が裸のまま直立不動の姿勢で立つ、おそらく陽子たちとあまり歳が離れていないであろう女の前で立ち止まった。女はまさに生きているようだったが瞬きひとつせず、虚ろな目は虚空を見つめている。
男はその娘の体に触ると、陽子にも触ってみるように促した。触ってみると、その腕は柔らかく、まさに生きているようだ。
「生きているままの触感という注文があまりにも多かった物で・・・・・体の内蔵を取り出して、そこに循環器の機械を埋め込み、全身に擬似的な血液を循環させています。血液と言うよりは潤滑油に近い物なんですがね。それによって本物の触感を維持してあります。もちろん同時開発した特殊なコート剤で全身コーティングしてあるので皮膚の劣化は最小限です。まあ、まだ商品化して数年なので一応保証は20年ですが、ウチでは50年は保つと考えています」
「あの・・・・・」陽子は、自分が震えているのに気がついた。
「あ、あなたになっていただくのは」男が言いかける。
「なってって、どういうことですか?」
「ああ、聞こえたとおりです。あなたには、さらに進んだ保存体になっていただきます」
絶句する陽子。ある意味予想していたとはいえ心の中で否定し続けた答えである。それをあっさりと言われた陽子には返す言葉がなかった。
「後ろを見て下さい」男が言う。恐る恐る陽子が振り返る。彼女の後ろには、舞の白衣姿しかないはずだった。
「マイ、いえ便宜上そう呼んでいますがPRM2はウチの試作品です。この触感まで再現したならば生きたままの姿を保存できるだろうということで開発された商品の試作になって貰いました。内蔵と骨格を機械部品に置き換えて、生体脳の機能を残したまま制御装置を組み込んであります。制御装置のソフトウェアの方に少しバグがあるのと、ウチではそう言うソフトウェアを組んだことがないので彼女には学習機能や思考プログラムなどの評価を兼ねて動き回って貰っています。さすがに動きはプログラムで何とかなるんですが、感情の再現がね・・・・どうも自分で判断するプログラムというのは難しい・・・」
舞を見つめる陽子。陽子の目から涙が流れる。
「舞・・・・・」
「で、ですね」男の声に、陽子がビクッとする。男はかまわず続けた。
「身体検査の後、あなたのパーソナルデータを収集させていただいて、それから処理に移ります。舞君の方でデータを取っているのでソフトウェアの方もいくらか改善されてはいるんですが、いかんせん試作が一体しかないもので・・・・ウチとしてはもっとデータが取りたいのでね」 「イヤ・・・・・」反射的につぶやく陽子。しかし、彼女は自分の下半身から力が抜けていくのを感じた。へたへたとそこに座り込んでしまう。
「今、美貴さんのデータを収集しています。普通ならば日本円で四千万から五千万頂くところですが、あなた達は無料でその美しさが長時間保存されるのです。素晴らしいと思いませんか?・・・・さあ上に上がりましょう」男が舞に合図をする。陽子は、抵抗しようとしたが舞に両肩を押さえられて部屋の奥にあるもう一つのエレベーターに乗せられた。押さえる舞の力ががっちりと強いものに感じる。
エレベーターが上がり、ドアが開く。なにもない廊下の突き当たりの部屋に彼女は連れていかれた。ガラスの大きな窓を隔てて向こう側が大きなホールのようになっている。
「PRM2、彼女を控え室に」
PRM2と呼ばれた瞬間、舞は一瞬ビクッと身震いした。
「カ・シ・コ・マ・リ・マ・シ・タ」まるで、一文字一文字発声するように抑揚のない声が響く。
「舞、お願い!やめて・・・」動き出す舞。肩を押さえる手も強かったが、さらに強い力で陽子は押さえつけられた。
「無駄だよ」男の口調が変わっていた。
「強制制御モードを起動した。生体脳の機能を残してあるとはいえ中身は機械だからね。まあ一応プログラムの時点でオーダー通りに仕上げるように組んではあるし、彼女の場合も今のところ私の命令に従うように設定してはあるけれど、お客様に万が一でも怪我をさせるような作動をすると大変だから強制制御モードを組み込んである。一種の安全装置だ。マイの場合は私の音声認識キーワードにしてあるが、これは評価中でね・・・・リモコンみたいなものにしたほうがいいのかどうか・・・・次の試作はとりあえずリモコン仕様にするつもりだよ」
男の得意げな説明をよそに“強制制御モード”の舞が、そのホールが見渡せるような位置にある別の小さな部屋に陽子を押し込めようとする。陽子は抵抗するが、舞の動きは無駄がなくまさに男が言ったように“機械”的であり、さらにあまり抵抗すると自分の着ている検査衣が破れそうだったのであまり強く抵抗できない。抵抗はまったく無駄に終わり、陽子は大きな窓のついたその部屋に閉じこめられた。
「さて、では陽子さん、しばらくここで作業を見学していてくれたまえ。強制モード解除」男はそう言うと、舞を引き連れて隣のホールに入っていく。半ば諦め顔の陽子は、部屋の中にある椅子に腰掛けた。が、その視線がホールの中を見回しはじめて彼女はそれに気づいた。
たくさんの機械やよくわからない道具が立ち並ぶそのホールのような部屋の中央の金属製らしい台に、女が一人裸で固定されている。
「美貴!」
美貴の全身にはいたるところに電極が取り付けられ、手足は台に金具か何かで固定されている。そして美貴は、半ば虚ろな目で口を開き、大きく息をしていた。息をするたびに胸が大きく上下する。
「彼女のデータ収集はもうすぐ終わる。収集したデータは即座に処理されてフェーズ1処理のデータとして彼女に取り付ける制御装置にインプットされているから、収集が終わったらすぐにフェーズ1処置に移る」
スピーカーを通して男の声が響いてくる。
「どうして・・・・どうしてこんなことをするの・・・・」涙声で言う陽子。
「仕事だよ」あっさりと言う男。
「君には、処置の様子をしっかりと見ていて貰う。自分がどうなるのか、しっかり理解するんだな」
男が陽子の方を見ながら言う。舞が、トレイに注射器を載せて台に近づいていく。舞が台の手前で停止すると、男は無造作に注射器を取り美貴の首筋にそれを注射する。注射した瞬間、美貴は目を見開き口を大きく開き体を仰け反らせた。そして、そのまま弛緩したように目を閉じ動かなくなった。
「これからフェーズ1を開始する。フェーズ1では、主として脳への制御装置を組み込む。制御ソフトには一応私の命令を最優先するように設定した」男が言う。男は、陽子に律儀に説明していた。
陽子の目の前で、美貴が寝かされた台が立ち上がっていく。やがて、完全に台が立ち上がると、美貴は首を垂れて直立するような姿勢になった。その美貴の髪を舞がまとめ上げていく。前髪を少し残して残りの髪を全部束ねられる。
男が、何かの棒のような器具を取り出した。棒の先が光っている。陽子はそれがたぶんレーザーメスかなにかなのだろうと思った。陽子の予想したとおり、男は美貴の耳の後ろから上、髪の生え際をトレースするようにメスを走らせる。メスは前髪と束ねた髪の境界線を走り、反対側の耳の後ろへと下がっていった。そして、男は一度メスを頭部から離すと、美貴の後頭部を指で探るように突つく。だいたいの切断ラインを決めたのか、男は再びメスを美貴の後頭部に当てた。耳の後ろを、頭の球形にあわせてRを描くようにメスが走る。そして、切り口は一本に繋がった。
レーザーメスを舞に渡す男。男は両手でそっと美貴の、切り口を入れられた頭部をずらすように持った。蓋を外すように、それは髪ごと外れた。そしてその中から、まるで標本のような脳が露出した。
陽子は、一瞬映画でも見ているような気になった。そして次の瞬間、激しく吐き気が襲ってきた。部屋の床はタイル張りになっており排水溝がある。彼女はその排水溝に向かって嘔吐した。
落ち着いて再び台の方を見る。さっきよりも角度が緩くなった台に固定された美貴は頭を切開され、その露出した脳に直接何かを取り付けられている。舞が、男にその部品のような物を手渡し、男はてきぱきとそれを取り付け、部品同士をケーブルで繋いでいく。
(舞も・・・・・やめて・・・・)
その思いはもう言葉にはならなかった。おそらく舞が同じように頭を切開されて「保存体」にされたというのは今では想像に難くなかった。それだけではない。美貴もまもなく舞のように無表情な「保存体」となって、男の手伝いをするようになる。そして、美貴の次にあの台に寝かされるのはまず間違いなく陽子自身だ・・・。
やがて、部品の取り付けが終わったのか、男は部品の一つにケーブルを繋いで端末の方に座った。舞は、台の横に直立不動で立っている。
男が端末を操作した。いままでぴくりとも動かなかった美貴の体が一瞬ビクっと震えたように見えた。男は端末のモニターを見つめている。
「制御システム起動・・・・」男がつぶやきながらキーボードを叩いた。
脳を露出させたままゆっくり目を開く美貴。美貴の脳に取り付けられた機械が所々ランプを点滅させている。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK」
抑揚のない機械のような声が響く。それは美貴の口から発せられており、声も間違いなく美貴のものだったが、陽子にはとても美貴の声には思えなかった。
(美貴も舞と同じにされてしまったんだわ)陽子はそう悟った。時間はわからなかったが、ものの数十分ぐらいの出来事にしか感じられない。たったそれだけの時間で、美貴は「人間」から、地下の倉庫にあったのと同じような「もの」にされてしまったのだ・・・
美貴は焦点の合わない虚ろな目をしたまま瞬きひとつせずにまるで機械のようなその言葉を発音し続ける。
「ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRM3・・・システムキドウ」
「ようし・・・・異常はないようだな」男は言いながら手に何かの装置を持った。陽子はすぐにそれが例の「リモコン」であろうと理解した。彼女の推測通り、男はそれについているボタンを押す。一瞬、ピピッという音が美貴の方から聞こえる。
「PRM3、スリープ」再び美貴の、美貴ではない声が響き、美貴は目を閉じた。男はそれを確認すると美貴の脳に取り付けられた機械から端末に繋がるケーブルを引き抜いた。
舞が、ごろごろと何かいろいろな道具を載せた台車を押してくる。男はそれを確認すると美貴の頭部の修復を始めた。外された頭骨と皮膚が、髪の毛を縛ったまま填め直される。そして、男は台車からいろいろな道具を取っ替え引っ替えしてはまるで模型でも作るように美貴の頭部を修復していった。
しばらくして、美貴の束ねられていた髪がほどかれる。頭部の修復は終わったようだった。頭が今の今まで開いていたようにはまったく見えない。
「フェーズ1完了。引き続きフェーズ2」男は、まるで記録を取るように言うとリモコンのボタンを押す。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRM3・・・システムキドウ」
舞が、美貴を固定していた金具類を取り外していく。虚ろな表情のまま、美貴はゆっくりと立ち上がった。
(舞と・・・・・同じだ・・・・)
陽子は舞と美貴を見比べていた。裸で血色の悪い美貴と白衣の舞。二人とも全くの無表情で目は虚ろにどこか一点を見ている。そして、動きの一つ一つに緩急というものがなく、一定の動き方だ。そして、舞と美貴それぞれがほぼ同じようなペースで動いている。
(わたしも・・・・ああされるんだ・・・・・)
陽子は絶望感に襲われていた。おそらく美貴はもう陽子が何を言っても反応しないだろう。あの舌っ足らずで甘えた声はもう二度と聞くことができないのだ。
「もうやめて・・・・」力無くつぶやく陽子。陽子の目の前で、美貴がゆっくりと別の台の方に向かう。それは、まるで斜めになった梯子のような作りをしている。美貴がそこに横になると、舞は美貴の体を台に固定し始めた。固定が終わると、男が台の角度を調整する。背中側から作業を行えるようになっているのだ。男がリモコンを操作すると、美貴は再び「PRM3、スリープ」という音声を発して目を閉じた。
男は早速作業をはじめた。舞が押してきた台車には、いろいろな機械の部品と一緒に大きなビーカーのようなものがいくつも置かれている。さっきと同じように男はレーザーメスを美貴の背中に這わせはじめた。首の後ろから腰にかけて、背骨にあわせてメスが走る。陽子は吐き気を催しながらも目を離すことができなかった。
男が手際よく上の肩胛骨からはじまって背骨と肋骨を切断しつつ外していく。外された骨は横の台の上に並べられた。そして、台の上にある一回り大きな機械に繋がった数本のチューブが、その開いた場所から体内に挿入されていった。男の手は止まらず、中から時折肉のかたまりのような物を取り出しては舞に渡す。舞はそれを手際よく一つ一つそのビーカーのようなものに入れていった。それが取り出された美貴の内臓だということに陽子はしばらく気づかなかった。
美貴が固定されている台の下には、まるで便器のような大きな凹みがあった。そこが真っ赤に染まっている。台に固定された美貴の体からは血が垂れ続けていた。しばらくして陽子は、自分がそれを気持ち悪く思っていないことに気づいた。感覚が慣れてきてしまったのだ。そうしているうちに背中から大きな白い骨が引っぱり出すように取り出された。それが骨盤であることは陽子にもわかった。同時に彼女は、その直前に取り出された臓器が、美貴の生殖器であることも悟らざるを得なかった。そして、その骨盤の代わりに、舞は似たような形の、半透明な部材の中にいくらか機械が入っている部品を渡した。男は無造作にそれを美貴の中に埋め込んでいった。
摘出が一段落ついたのか、それから男は今度は舞が手渡す部品と、半透明の骨組みのような部品を交互にてきぱきと美貴の中に埋め込んでいく。腰の部分も含めて部品からはそれぞれケーブルが延びており、テーブルの上の端末に繋がっていた。男は一つないし二つの部品を埋め込むごとに端末のキーをいくつかづつ操作し、ケーブルを外していった。やがて男は最初に体内にチューブが繋がれた一回り大きな機械、とはいっても拳二個分程度の大きさだが、を美貴の体内に慎重そうに埋め込んだ。体外にはみ出たままのチューブも男はそのまま美貴の体内に埋め込む。そして、まるでそれを固定するかのように半透明の部品を、ほかの同じような部品に組み合わせた。この半透明な部品はどうやら骨組みであると同時に機械を固定するマウンタになっているらしい。
最後に、大きな機械についたケーブルを端末から外し、首の後ろに露出した、さっき脳に取り付けた部品から延びるケーブルに繋いだ。そこまでやって男は美貴の背中を、さっき頭部にしたのと同じように修復していく。こればかりは陽子も驚きを隠せない。頭部もそうだったが、修復された後は、陽子のいる部屋から見た限りではまるでどこを切ったのかわからない。
「ふう、これで内循環系が終わりだ。駆動系に入るぞ」
陽子は男が何を言ってももう反応しなかった。陽子の目も半ば焦点を失いつつあった。陽子の中に、恐怖に泣き叫ぼうとする自分と、そんな自分をまるで人ごとのように見ている自分がいるようだった。彼女はもう、どう反応したらいいのかさえわからなくなっていたのだ。 男は陽子の様子を無視して作業を続けた。脚の付け根から、脚の真後ろの少し内側のラインを片足づつメスで切り開いていく。陽子はその様子を見ていたが、頭がぼんやりとして何を行っているのか理解できなかった。恐怖と驚きが、彼女の思考能力を奪っていた。
切り開かれたところから、胴体と同じように真っ白い骨が摘出されていく。そして今度は黒光りする機械の部品が組み込まれていった。舞によって台の上に並べられた骨は相当な量になっている。
さっきと同じように端末をいじりながら、男はケーブルを一つ一つ外していった。脚に埋め込まれた部品は骨盤の代わりに埋め込まれた部品と接続されている。脚が修復されると今度は腕に移った。脇の下からやはり後ろ側の斜め内側を切開し、中から骨を取りだされ部品が埋め込まれていった。腕の部品は肩胛骨の代わりに埋め込まれた部品に接続された。
そこまでの作業が終わると、男は満足そうに言った。
「ふう、フェーズ2完了。起動テスト」
美貴が固定された台の角度が調整され、水平に近くなった。舞が拘束具を外していく。男はリモコンのスイッチを押した。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・ハードウェアヲセッテイシマス・・・・」
目を開き、虚空を見つめる美貴の口から抑揚のない、一文字づつ発音するような音声が発せられる。
「よし。いいぞ」つぶやく男。
「インナードライバ・・・・ロード・・・・OK・・・・インナーチェック・・・・・・・・・・」
しばらく間が空く。
「OK・・・・サドウ・・・・Aパーツ・・・ニンシキ・・・ドライバー・・ロード・・・OK・・・・Lパーツ・・・ニンシキ・・・・ドライバー・・・ロード・・・・OK」
「よし・・・・」男の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。その横で、血まみれの白衣を着た舞が無表情に直立している。
「システムセッテイヲコウシンシマス・・・・・OK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRM3・・・システムキドウ」
ゆっくりと起きあがる美貴。男は満足そうにその姿を見つめると、美貴に質問した。
「おはよう、ミキ」
「おはようございます、黒江様」テープのような抑揚のない声で無表情に応える美貴。男は黒江という名前らしい。
「君の認証コードをフルコードで答えるんだ」突然、鋭い声で命令する黒江。しかし美貴は、表情一つ変えることなく答えた。
「全自動自律駆動型保存体P3、認証コードPRM3」
「よしよし。ではこれからフェーズ3処置を行う」
黒江は美貴についてくるように促した。美貴は表情を変えずに黒江に言われるまま、部屋の端にある銀色をした円筒形のタンクに向かって歩いていく。
「何を・・・するの・・・」ようやく陽子の口から出た言葉が聞こえたのか、黒江は陽子の方を振り返って言った。
「ライブコート、つまり少し特殊なコート剤で全身をコーティングする。この効果が続くかぎり彼女に残された生態部分が腐敗したりすることはない。つまり、永遠に今のまま、瑞々しい肌のままでいられるのだ」
美貴が無造作にタンクに取り付けられた透明の扉をくぐる。彼女はそのままタンクの中で直立不動の姿勢を取った。舞が扉を閉める。
「さて、始めよう」
黒江は端末を操作した。グオーンという低い音とともにシューという、何かが吹き出すような音が聞こえた。
「この処理には時間がかかる。君も少し休むといい。おそらく明日の今頃には君も保存体になっているはずだから、今のうちに心の準備をしておいてくれたまえ」
そう言うと黒江は舞を従えて部屋から出ていった。部屋の中にはカプセルから聞こえる低い音だけが響いていた。
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