<美貴 その2>
「こちらです」
部屋を出ると、美貴は同じフロアの別の部屋に案内された。部屋の中は意外と広く、特に奥の方はホールになっていて、手術台のような台ともう一つ、梯子のような台が置いてある。それぞれの台の横には机が置いてあり、その机の上にはパソコンが置かれていた。そして、その部屋の隅には大きな窓のついた小部屋がある。
「すみませんが、裸になってこの台に横になって頂けませんか?」
男が、手術台のような台の方を指して言った。
「え?裸、ですか・・・・」
「ええ。身体に電極を取り付けていろいろとデータを取るんです」
こともなげに答える男。
「でも・・・・」美貴は躊躇した。この格好でも十分に恥ずかしいのに裸で横になるなど彼女には考えられなかった。助けを求めるように舞の顔を見る。しかし、舞は相変わらず無表情で、まるでマネキンのようにそこで止まっていた。
美貴は仕方なく言った。
「あの、女性の検査技師の方は・・・・」
「ああ、分かりました。私は外しますので・・・・すみません。気が利きませんで」
男は苦笑すると舞を呼んだ。
「マイ、彼女のデータ収集の準備を頼む。準備ができたら連絡をくれたまえ」
「はい」
無機質に返事をする舞。男が出ていく。美貴は、男が舞のことを呼び捨てにしたのが気にくわなかったが、とりあえず台に腰掛けた。
「ねえ舞、舞も裸で検査したの?」美貴は舞に尋ねる。
「ええ」舞が答える。やはり感情を感じさせない無機質な表情だ。美貴には妙に引っかかった。舞がそんなに大胆だとは到底思えない。
「検査技師の女の人ってどんな人」
舞は答えない。表情を変えないまま美貴の方をじっと見ている。
「ちょっと舞?」聞き返す美貴。舞の表情は変わらない。美貴は気味悪く思った。陽子が言ったようにやはり何かされたのだろうか・・・だとしたらそれは・・・
「準備ができたら来るわ。だからここに横になって」唐突に舞が言った。口調が強いでも、哀願調でもない。ただ淡々と抑揚のない感じで舞は言う。そのことが美貴にはさらに不気味に感じられ、そうすることを躊躇してしまう。
「ねえ舞、本当のことを言って」美貴は思い詰めたように言った。
「一体どうしちゃったの?何かされたの?」
例の如く表情を変えずに沈黙する舞。美貴はその反応にももう慣れていた。この質問してから答が返ってくるまでのテンポのずれが、舞が別人のようになったと思わせる最大のものではあったのだが。
「どうもしないし、何もされないわ」やはり唐突に答える舞。しかし舞は今度は続けて言った。
「検査衣を脱いでここに横になって。準備をしなくてはいけないわ」
美貴は少し考えた。たしかに舞の様子はかなりおかしいように思える。二人だけになったときぐらい普通に口を聞いてくれればいいのにとも思ったがそうでもないようだ。だが同時に、舞の紹介でということで来た彼女が協力しないことには舞が困るのではないかという心配もある。
(とにかく、ここに入り込まないことには舞が何をされたかわからないわ・・・)
彼女はもう一度舞を見ると、ゆっくりと検査衣を脱ぎ、丁寧に畳んで籠に置き、台に横になった。
舞は無言で作業を始めた。舞の手が、美貴の右手を取る。そして、所定の場所なのか、舞は美貴の右手を台に置くと、プラスチックか革のようなものでその手首を台に固定した。
「え?舞」
舞は答えない。続いて左手を取ると舞はあっという間に台に固定した。
「ちょっと、どういうこと」
「動かないで」
舞の、するどいでもなくやはりさっきと同じような淡々とした声が飛ぶ。美貴は抗議する間もなく今度は両足首を台に固定された。
「ちょっと舞・・・・」
美貴は裸のまま台に固定され、まるでSMか何かの世界にでも迷い込んだ気分になっていた。彼女にはその気はないのだが、舞の無表情な姿は、美貴の不安を煽るのに充分すぎるほどだった。
「舞やめて!わたしやっぱり・・・・」
美貴はついに我慢しきれなくなり舞にそう訴えた。しかし舞の方はそれにはまったく反応しない。
「ねえ、舞!お願い・・・・わたしを放して」
美貴は必死に身をよじらせたが、両手両脚を拘束されているため身動きもままならない。そして、舞は次の作業に移った。
「身体に電極を付ける」という男の言葉通り、舞は暴れる美貴の身体を押さえながら、アルコールか何かを染み込ませた脱脂綿で拭きつつ電極を取り付けていく。美貴には全身にアルコールと電極の冷たさが染み渡っていくように感じられた。舞はてきぱきと、電極を取り付けていく。美貴は顔を真っ赤にしながら恥ずかしさに耐える。美貴が見られることさえ厭われるような場所にも、それは容赦なく取り付けられていった。
「準備ができたようだね」
男の声が聞こえた。さっきの男が近寄ってくる。
「イヤ・・・見ないで」美貴は半狂乱になっていた。美貴は今になって悟っていた。これは美貴を舞と同じようにするための処置なのだ。映画で見たことがある。機械で精神を操作され、悪人の思うままになってしまうヒロイン・・・・美貴の頭に、そんなイメージが浮かんだ。その罠に、自ら飛び込んだ自分が愚かしく思えた。女性の検査技師などはじめから嘘だったのだ。そして舞も自分と同じように・・・・
「何も怖がることはない。これから収集するデータをこのパーツに組み込む。データ収集が終わり次第君は処置を受けここにいるマイと同じように保存体に生まれ変わるのだ」
美貴は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。男の指す先に、たくさんの機械の部品のようなものが置いてある。その一つ一つからはケーブルが伸び、美貴に取り付けられた電極が繋がれた端末に接続されていた。
「保存、体?」
「そう、喜びたまえ。君の美しさがそのまま保存されるのだ。君は美しいまま生き続ける。ここにあるパーツを組み込まれ、君は老いることのない保存体として生まれ変わるのだ。なに、怖がることはない。データ収集が始まれば君には普通の人間では経験することのできない快楽を経験して貰う事になるだけのことだ。そして、そこで得られる絶頂が、今の君として感じられる最後のものとなる・・・・・」
「舞、も?」衝撃の中から美貴はなんとかそれだけ言った。
「そう、彼女は私の優秀な助手であり、今回開発した新型保存体の試作品だ。彼女に組み込まれた制御装置は生体脳とリンクして機械化した骨格と生体組織をよく制御している・・・まあ、今の君の意識は消えるが記憶は制御装置が活用してくれるから安心したまえ」
「いや・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」美貴は絞り出すように声を上げた。
「叫んでもどうにもならんことだ。マイ、始めろ」
「はい」
いつのまにか端末の前に座っていた舞がキーボードを叩き始める。
「舞、やめて!お願い!舞!!あぁ・・・」
美貴の身体が自らの意志に関係なく反応した。それと同時に全身から脳めがけてじんわりと、あまりにも心地の良すぎる感覚が攻め寄せてくる。
「ああああぁぁぁぁ!」
悲鳴とも叫びともつかない声が美貴の口から迸った。身体が彼女の意志に関係なく快感を訴える。しかし美貴は必死に抵抗しようとしていた。
「やめて・・・・舞・・・ああ・・・いや・・・・駄目・・・」
美貴は必死に耐えたが、波のような感覚が脳に押し寄せ、彼女の意志を徐々に溶かし、思考を停止させていく。そしてやがて、押し寄せてきた恍惚感の嵐がついに彼女の理性を打ち砕いた。
「・・・・・・!!!!!!」
目を見開き、口を大きく開いて声にならない叫び声を上げながら全身を硬直させる美貴。次の瞬間、まるで彼女は沈み込むように全身を弛緩させた。その目に、理性の光はなかった。
彼女は硬直と弛緩を繰り返しながら声を上げ続けた。
美貴は何も考えることができなくなっていた。身体中を這い回る快感が彼女を頂上に押し上げる。頂上に立った瞬間だけ、何か光が弾けるように思えたが、目を開いてもそこに写るものを認識することはできなかった。いや、認識する前に、あまりにも心地よい疲労感が彼女の瞼を落とさせているのだ。そして、その地獄のような極楽のような嵐は、いつまでも続くかと思われた。
部屋に誰もいなくなったことに彼女は気付いてさえもいなかった。もちろん再び彼らが、新しい生贄を連れて戻ってきたことにもまったく気付かない。今の彼女を支配しているのは恍惚感であり、疲労感だった。
やがて、嵐が去っていくことを彼女は感じ取った。彼女は徐々に自分の状態を感じ取っていこうとしていた。開いたままの目に、ぼんやりと天井が映っているのを彼女は理解した。息が荒い。鼓動が早い。全身が酸素を取り込もうとしているのだと、彼女は朧気に思った。
まだ思考はほとんど止まったままだった。不意に、そのぼやけた視界に何かが映る。それが舞だと理解する前に、彼女の首筋に新たな刺激が走った。
それは痛みだったが、彼女の全身はあらゆる刺激に対して敏感になりすぎていた。一瞬で彼女は再び爆発するような波に押し上げらた。
何度目かはもうとっくに分からなかったが、美貴は全身を仰け反らせ硬直させた。そして、再び力が抜けていく。それと同時に堪えようのないなにかが襲ってきた。彼女はそれに抗すべくもなく、暗闇に沈んでいった。
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