<紗弥 その4>
エレベーターを降ろされ、紗弥は部屋の奥に連れて行かれた。
「あれは・・・・」
「ああ、本来プラスチック封入やプラスチックコーティングの時に使う機械なんだが・・・」
「プラスチック封入!?」
部屋の奥には、大きな円筒形の機械が設置されており、たくさんのパイプやケーブルが繋がっていた。
「そう、肉体をその時のまま永遠に保存する技術でね」
紗弥は絶句した。ここでは本当に人形作りが行われているのだ。
「マイ、ヨウコ、サンプルをチャンバーの中に入れてくれたまえ」
舞と陽子が紗弥を機械の方に連れていく。
「いや!イヤァ!」紗弥は必死に二人の腕をふりほどこうとするが、人工骨格で駆動する二人の腕の力は、紗弥程度の力ではビクともしなかった。
「別に君をプラスチックコーティングする訳じゃない。この機械には催眠導入器というのが付いていてね。マイにもここで素直になって貰ったんだが、君にも素直になって貰う」
「・・・・どういうこと」震えながら男の方を振り返る紗弥。
「なあに、簡単なことだよ。機械を使って催眠術をかける。最近はお客さんの注文が多いからね。封入やコーティングなんて、そうでもしないと苦しい表情だけになるじゃないか」
「イヤ!・・・・お願い・・・・」抵抗する紗弥。
「大丈夫ですよ。すぐにとても心地よい気分になりますから。ちゃんと私の言うことを聞くようにしてあげます」
そういっている間に、紗弥は機械の中に押し込まれた。機械の中は、畳半畳分ぐらいの円形、つまり人一人か二人が立っていられるぐらいの広さがある。紗弥は、放り込まれるように二人の腕から開放された。そして、扉が閉じられた。
「ちょっと!」機械の中は真っ暗になった。紗弥は壁面を叩いてみたが、やはりビクともしない。
ドクン・・・・ドクン・・・・・ドクン・・・・・
まるで心臓の鼓動のような音が、低く響き渡っている。いや、暗闇で彼女が壁以外に感じることができるのは、その音だけになっていた。いつの間にか、彼女はその音を一生懸命聞き取ろうとしていた。なんだかその音を聞いていると心地がよい。だんだんと、体から力が抜けていく。彼女は自分の置かれている状況も忘れ、その音に聞き入った。
「どうです、とても心地が良いですね」
不意に、トーンの低い、じんわりと染み込んでくるような声が響いた。彼女は反射的に肯いてしまう。なんだかそうしなければいけない気がした。
「はい、そのままだんだんと力が抜けてもっと気持ちよくなっていきます・・・・」
声の言うとおりだった。体から力が抜けて、とても心地よい気分になってしまう。頭の中が少しぼうっとしていた。しかし心地よさが、彼女自身の状況を把握しようとするのを阻んでいた。
「はい、いいですね・・・・そのまま何も考えられなくなっていきます・・・・なにも考えないのは気持ちがいいことです・・・・」
声が誘導するまま、彼女は自分が何も考えなくなっていくのを感じていた。しかし、それがとても気持ちいいことだと言う声が、彼女から漠然とした危機感のようなものを消し去り、さらに彼女を心地よい気分にしていく。
「もうあなたは何も考えられません・・・・考えるのはとても面倒なことです・・・・何も考えないで言われるとおりにするのです」
うつろな目でコクリと肯く彼女。彼女は声の言うとおり、何も考えていなかった。ただ、言うとおりにするのが心地よい。
「あなたはもう何も考えることができない人形です。命令されたこと以外はなにもできません。私の言うことを復唱しなさい」
「わたしは何も考えることができない人形です。命令されたこと以外はなにもできません」
抑揚のない声で従順に復唱する紗弥。不意に、目の前が明るくなる。紗弥の目の前に、一人の男と二人の女が立っている。彼女はそれを認めたが、何とも思わなかった。体も動かない。彼女は命令されたこと以外は何もできない人形なのだ。
「ついてきなさい」
男が歩き始める。紗弥は、命令通り他の二人の女とともに男に従った。
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