<紗弥 その6>
心地の良い疲労感が、彼女を支配していた。まるで拷問のような恍惚の嵐が少しづつ遠ざかっていく。まだその嵐の中に身を晒していたいという欲求はまだ彼女の中に強く燻り続けていたが、一方で、自分を取り戻そうとする彼女自身がいる。そして、彼女はやがて自分の状況を思い出した。
ついさっきまで感じていた恍惚感の名残が、彼女の胸を荒く上下させていた。しかしそれ以外に体を動かすことができないのは、その前の状況と変わらない。どうやらまだ自分が無事なことを理解して彼女は一度目を閉じた。と、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえたような気がして彼女はもう一度重い瞼を上げた。
「紗弥!?」
ゆっくりと首を回し、辺りを見回す。その声は、彼女の記憶が正しければ・・・
「由希、なの?」億劫さを訴える身体に鞭打ち、紗弥は声を振り絞った。
「紗弥、大丈夫?」
辺りを見回す紗弥。台の周りには誰もいなかった。彼女はまだ電極の取り付けられた胸を大きく上下させながらゆっくりと辺りを見回していた。身体がひどく重い。そして、身体中が汗やらなにやらでジトジトと気持ちが悪かった。
「由希・・・どこ・・・?」
息が切れそうな声でつぶやく紗弥。彼女の見える範囲に由希の姿が見あたらない。
「ここよ」ドンドンという音。紗弥はゆっくりとその音の方に顔を向ける。ようやく窓の向こうに人影を認めた時、太い男の声が響いた。
「少し静にしていて貰えないか」黒江の声だった。明らかに苛立っている。
「うるさいわね!人をこんなところに閉じこめて」悪態をつく由希。由希の声はスピーカー越しに聞こえているようだった。
「仕方がない。君たちには黙っていて貰おう」
「なんですって・・・・」
しばらくすると、舞が目に入ってきた白衣のまま右手に何かを持って近付いてくる。それが注射器だというのはすぐに分かった。
「いや・・・・やめて・・・お願い・・・・舞!」
紗弥は必死で叫んだ。しかし、舞は表情一つ変えずに近付いてくる。
「紗弥!」由希の声が響く。しかしそんな二人の反応には容赦せず、舞はその右手に持った物、注射器を紗弥の首に滑り込ませた。
「ア・・・アア・・・・」
チクリとした痛み。意識が遠のいていく。紗弥はそのまま深い眠りに落ちた。
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