<由希 その3>
由希は、抜き足差し足で廊下を歩いた。靴は脱いだ。足音が響くからだ。
とりあえず四階の部屋を見て回ったが、どこもかしこもカードキーか何かがなければドアが開かないようになっている。
突然ドアが開く音が遠くで聞こえた。複数の足音が動いている。彼女は廊下の突き当たりを曲がると体を隠して音の方を見た。男が、白衣姿の女二人を従えて、さっきまで由希がいた部屋に入っていく。女二人は、舞と陽子だ。二人は、ピッタリと息があった感じで歩いていた。陽子も、舞と同じように無表情で妙に癖のない歩き方をしている。
(陽子も・・・・・やっぱり何かされたのかしら)由希はそう思った。が、美貴はどこにいるのだろう?そして、紗弥は・・・・・
由希の胸に、なにかイヤな予感が込み上げてきた。舞はともかく陽子の様子もおかしい。それがここで何かをされた結果だとすれば、美貴もおかしくなっている可能性が高い。そして、紗弥は彼女たちに一人で・・・・・
(もしかしたら紗弥も・・・・・)
次には紗弥がそうなってしまうかもしれないという、言いようのない予感めいたもの。舞たちの挙動は何かクスリでも打たれているようにも見える。だとすると・・・・
(絶対何かあるわ・・・)一生懸命一つ一つのドアを当たる由希。しかし、ドアは一つも開かない。なぜか非常階段すらもどこにあるか見あたらなかった。
(そうだ)
来たときのエレベーターのボタンを押す。このフロアから唯一出られる可能性があるのはこれだった。程なく、エレベーターの扉が開く。彼女はエレベーターに乗り込むととりあえず三階を押した。ドアが閉まり、ゆっくり下がるエレベーター。
三階も四階と似たような空間だった。明るい廊下に面してたくさんの部屋がある。ここへ来て気づいたが、各部屋はかなり重度の防音構造になっているらしい。開かないドアの一つに耳を付けて聞いていると、かすかに機械音のような音が聞こえた。それと同時にドォォという大きな音がドアを震わせた。一瞬体を退く由希。ドアから耳を離すと、その音はほとんど聞こえない。
(何かしら?)
由希は少しドアの前で考えた。が、その時突然、足音が聞こえてきた。慌てて廊下の突き当たりへ走る由希。幸いそのドアは曲がり角から近かったので、角の陰に隠れる。カチャリという鍵を解除する音がして、ドアが開いた。
中からは、研究者然とした白衣の男が一人出てきた。由希とは逆の方向に向かって小走りに歩いていく。どうやらトイレか何かに行くようだ。
(中はどうなってるのかしら?)
彼女は部屋の中をのぞき込みたい衝動に駆られた。ドアが少し開いていて中からシューという音が響いている。男が戻ってこないのを確かめると、彼女は部屋の中へ忍び込んだ。
部屋はやはり、何かの実験室のようだった。台の上にたくさんのビーカーのような物が並び、あちこちにいろいろなパイプが走っている。そしてそのパイプは、部屋の奥の大きな円筒形の機械に繋がっていた。シューという音もその機械から聞こえているようだ。その機械の脇は病院の診察室のようになっており、診察台のようなものや、何に使うのかよくわからないスタンドのような物がたくさん置いてある。そして、その横にいくつかのパソコンが置かれていて画面が表示されていた。と、入り口の方で足音がした。由希はとっさにその円筒形の機械の裏に隠れた。
男が二人、なにやら話している。話をしながらさっき出ていった男が端末を操作した。
グオォォォンという、作動音のような音がその円筒形の機械から響いた。由希は床にしゃがみ込んで小さくなっている。音はさらに続いた。
ふと上を見ると、クレーンのようなものにぶら下がった大きなハサミのようなものが機械の方に動いてくる。と同時に機械の扉のような物が開いていく。扉は男たちの方に向かって観音開きのように開き、由希の視界を暗くした。
やがて、ハサミが、機械の中から何かを掴み出す。由希の方からはよく見えない。彼女は扉の陰の方に慎重に近づき、その扉と床との数十センチの隙間に顔を持っていこうとする。そして、辛うじて少し扉の向こう側をのぞき込むことができた。
ハサミに捕まれて、なにか透明の箱のような物が浮いている。その中には何かが入っていた。男たちの姿は、機械の陰になっていて見えない。彼女は、その中身をはっきりと見ることができた。
(マネキンか何か?)
目を凝らす由希。透明な箱の中に、人間の形をした物が入っている。入っているというよりも、塗り込められたというべきか、それは、小さい頃食べたフルーツゼリーを思い起こさせた。透明なゼリーの中に封入されたフルーツ・・・・
そう、それは封入だった。透明な、ガラスかプラスチックの直方体の中に人間の、女性の姿をしたものが封入されている。一体それは何なのか?
彼女がそれに見とれていると、男たちの会話が耳に入ってきた。
「いくつだって?」
「二十七」
「まあ、美人なら関係ないか・・・・で、依頼人は?」
「例の香港の・・・・」
「ああ、またかい。そういえば確かに美人だがあの方の趣味だな。これで五人目ぐらいか?」
「六人目だ。この間ギャラリーに招待して貰ったが金持ちの考えることはわからん。確かに装飾品としてはみんな超一流らしいが俺は生身の方がいいね」
男たちの話は、まるでその物体が人間の女であるかのようだ。いや、もしかしたら・・・・
「でも時間かかったじゃないか?」
「ああ。やっぱり若い娘と違ってなかなか言うことを聞いてくれないからな。簡単に導入器にもかからないし。完全に催眠状態にするまでにだいぶ手間取った・・・・・こんな注文の多い封入より黒江さんところの人形の方が気は楽だな」
「違いない。でも向こうじゃ香港の御仁、満足せんのだろ?」
「ああ。あのオヤジは装飾品としての女体コレクターみたいなもんだからな」
二人はしげしげとその直方体のものを眺めながら話していた。男たちの言っていることは由希の理解を絶していた。どう考えても男たちの話では、それを人間の女でとして扱っているようにしか思えない。混乱する由希に気づかないまま、男たちはハサミを操作してその物体を台車の上に降ろすと、台車を押して隣の部屋に向かう。由希は恐る恐る機械の陰から出ると、隣の部屋に繋がるドアのところからのぞき込んだ。
隣の部屋の奥には、荷物搬入用のような大型のエレベーターがあった。開いたドアに台車を押し込み乗り込む二人の姿が目に入る。ドアが閉まったのを確認して彼女はふう、と息をついた。
誰もいなくなった部屋の中を見回す。円筒形の機械の中は空っぽだった。ちょうど人一人が入れる、電話ボックスぐらいの空間・・・・扉はかなり厚く、かなりの圧力に耐えられそうな感じだ。さっきは気づかなかったが、扉そのものは透明、というよりマジックミラーのようになっていて外から中を見ることができる。
(なんなのかしら?)
彼女はしばらくそれを見回していたが、何なのかはさっぱりわからなかった。その機械に繋がった端末も電源が切られている。機械から伸びた太いパイプの一本は、部屋の奥にある、その機械よりも大きなタンクに繋がっており、そのタンクから出たパイプが部屋の外に走っていた。
(でも、あれは・・・・・)
直方体の中に封入されていたマネキンのようなもの。彼らは一体何をこの機械で作っていたのだろうか?
そう考えながら机の上を見回す。机の上に写真入りのIDカードのようなものがあった。写真からするとさっきの、はじめから作業をしていた男の物のようだ。彼女はもう一度注意深く辺りを見回すとそのIDカードを手に取った。
(これでどこまで入れるのかしら)
彼女は入ってきたときと同じように忍び足で部屋を出た。
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