<由希 その7>
目が覚めると、由希は裸で横たわっていた。一瞬、いよいよ自分の番が来たかと思ったが、身体は自由に動かすことができるのを感じた彼女は、どうやらそうでないことを悟った。
薄暗いこの部屋に彼女は見覚えがあった。シャワーとトイレ、そしてベッド。部屋の一方の壁からは完全に視界が開けている。ここは、地下の小部屋だった。あの、監獄のような部屋。そして、彼女たちは監獄に捕らえられた見せ物の動物と同じだった。
どのぐらいの時間が経ったのか、彼女には見当が付かなかった。小部屋から見えるのは、その広い部屋のエレベーター側の空間だけで、隣の小部屋はまったく見ることも音を聞くこともできなかった。
どうやら小部屋どうしは防音済みの壁で仕切られているらしい。壁に耳を着けても何も聞こえてくることはなかった。
(紗弥は・・・・・)
彼女は、自分が裸であることも忘れてベッドに座り込んだ。幸いと言うべきか、ガラスの壁の向こう側には、今のところ誰もいない。彼女の周りには、人の気配を感じることはできなかった。 部屋の端に、申し訳程度にコンビニの袋が置いてある。彼女は他にすることもなくその袋をのぞく。中には、いくらかの食べ物と飲み物が入っていた。それを見て、彼女は空腹を感じた。裸で監禁されているという非現実的な状況にあまりにも現実的なコンビニの食料を見て、彼女は無性に可笑しくなってきた。彼女は思わず大声で笑うとその食料に手を付けた。
食料を平らげ、シャワーを浴びる。丁寧なことに部屋にはタオルまで用意してあったのだ。彼女は開き直ったようにシャワーを浴びていた。と、その時、視界の隅で何かが動いた。 とっさに振り返る由希。エレベーターに繋がる廊下のドアから、黒江が白衣の女を従えて入ってくる。女は三人、舞、陽子、そして美貴だった。そこまで確認すると由希は、慌てて蛇口を締めてタオルを身体に巻く。
彼女はタオルを巻いたままベッドの陰に隠れて様子をうかがう。どうやら舞と陽子は相変わらず無表情で一定な感じの動きをしているが、美貴の動きが、どうも違うように感じられた。無表情なのは他の二人と変わらない。が、違う動作に移るまでに一瞬停止するような感じなのだ。
由希は冷静に観察してしまう自分に驚いていた。四人の姿が視界から消える。どうやら部屋の他の部分を移動しているようだった。由希は、彼らが自分を迎えに来たのだと確信していた。彼女は恐怖に震えた。いよいよ彼女も舞たちのようにされてしまうのだ・・・
しばらく間があった。一瞬、もしかしたら違うのかもしれないという淡い期待が浮かぶが、それはすぐにうち砕かれた。ガラスの壁の向こう側に、黒江と二人の女が現れると、ガラスの壁の一角に今まで見えなかったドアが現れた。
「屈折率の関係でね、内側からは見えないんだ」ドアを開けて入ってきた黒江が言う。
「イヤよ!」後ろの方で声が聞こえた。ドアの外側で、陽子が紗弥を羽交い締めにしていた。時間が開いたのは由希の前に、紗弥を捕まえていたからにすぎなかったのだ。
「待たせたな。一緒に来て貰おうか」
舞と、そして美貴が入ってくる。二人はゆっくりと由希に向かってきたが、美貴の動きは、やはり陽子や舞に比べて決定的に何かが違っていた。
「美貴!?どうしたの」
応えない美貴。舞や陽子は、とりあえず答だけは返してきた。しかし、美貴は答すら返そうとしない。それどころか、美貴の無表情な瞳を見た由希は思わず悲鳴を上げそうになった。
美貴の目は、人間の目ではなかった。機械によって人間の目が動かされているというのも考えればゾッとするが、美貴の目は、あからさまに機械化されていた。
瞳、というより眼球型の透明な球体の中で、オートフォーカスカメラのレンズ部分のような物がひっきりなしに動いている。おそらく由希の顔にピントを合わせているのだろう。
驚きのあまり抵抗もできずに舞に拘束される由希。
「美貴を・・・・どうしたの・・・」舞に半ば持ち上げられながら辛うじてそう言う由希。
黒江は答えた。
「残念だが・・・・生体脳の機能が喪われたため制御装置を完全に機械化した。結果的に視覚や聴覚、それから声帯の機能がそのままでは使えなくなった・・・・」
「どういうこと・・・」
「新しい記憶媒体に記憶データのバックアップした分は入力したが機械の演算能力とアクセススピードでは所詮生体脳の機能の足元にも及ばん。視覚や聴覚の認識能力も比較にならんほど貧弱だ・・・・君や紗弥君はこうなることはないと思うが、こうなりたくなかったらとりあえず素直にデータ収集を受けることだな」
舞が歩き出す。陽子に抱えられた紗弥は、恐怖に顔を引きつらせているようだった。
「何を言っているんだかわからないわ」黒江に食い下がる由希。
「彼女は収集装置に素直に応じなかったのだ。装置は君たちの身体的特徴や思考特性、それから記憶の一部などを記録するとともに感情の起伏やその他の様々な特徴を解析する。そのために電極によって脳や身体の様々な部位を刺激する。私が気持ちがいいと言ったのはそのことだ。紗弥君はすでに収集済みだが、快楽中枢を刺激することによって脳波の動きとそれによる脳内電流の動きがどれぐらい大きいか解析する。それによって制御装置の設定を変えねばならん。生体脳は記憶媒体としても演算装置としてもずば抜けた能力を持っているがその分デリケートにできている。脳内に制御装置の方で御しきれない電流が流れたりすると制御装置はエラーを起こす。それだけならいいが制御装置の方が誤った作動をして生体脳を破損してしまう事もある。ミキの場合がそうだ。結果、ミキの生体脳の機能は喪われた」
「どういうこと?」
「端的に言おう。ミキは装置に対する抵抗が大きくて収集装置にエラーが起こりどうもデータが正しくとれていなかったらしい。まあ、そこまで気付かなかったのは私のミスだが・・・・でだ、ヨウコと会った時に生体脳の記憶が制御装置に御しきれないほどの電流を流した。いわゆる激しい感情だな。通常は快楽中枢の刺激によるもの、すなわち性的絶頂状態の電流の量で設定しておけば問題ないのだが・・・・彼女の場合、素直に装置の刺激を受け入れなかったため、設定値では不十分だったのだ。そこで制御装置が誤作動を起こし過分な負荷がかかって生体脳が破損したらしい」
剥製やらプラスチック封印やらいろいろな種類の装飾美人が並ぶ合間を抜けて、エレベーターのボタンを押す黒江。ドアが開く。
「イヤ!お願い、離して!」
不意に紗弥がじたばたと暴れるが、陽子はまったく動じない。しかし、さすがに紗弥もふつうの女性分の重量はあるせいか、彼女を抱えた陽子の身体は揺れ動いていた。
「あまり騒ぐとまた大人しくして貰うよ」
黒江が言う。紗弥の顔が引きつる。
「いや・・・・いや・・・・」
黒江ににらみつけられた紗弥は、恐怖を浮かべて首を振った。
「何なのよ!?」由希は言ったが、次の瞬間、
「あなたはもう何も考えることができない人形です。命令されたこと以外はなにもできません。私の言うことを復唱しなさい」
「わたしは何も考えることができない人形です。命令されたこと以外はなにもできません」
黒江の言葉を抑揚のない声で従順に復唱する紗弥。その顔から恐怖に引きつった表情が消え、いや、表情というもの自体が消えていた。
「着いてきなさい」
「はい」
エレベーターのドアが閉まる。
「彼女に何をしたの・・・・」愕然と聞く由希。
「彼女には催眠術をかけてある。キーワードを囁けばすぐにこの通りだ」
そう言う黒江の前で、陽子が紗弥を降ろした。紗弥は虚ろな目でのろのろと立ち上がる。
「君もあまり言うことを聞かないようなら彼女のようになって貰う・・・マイ、彼女を降ろしたまえ。紗弥君、彼女をしっかりと押さえなさい」
「はい」
床に降ろされた由希を、紗弥が後ろから羽交い締めにしようとする。
「ちょっと紗弥!目を覚まして!」
由希は抵抗するが紗弥に押さえられてしまった。紗弥の力は紗弥とは思えないほど強い。やがてドアが開き、彼女たちは再び四階の研究室に降り立った。「制御装置を完全に機械化された」美貴は行動がワンテンポどころかツーテンポぐらい遅く、終始無言のままだった。
ピピー・・・・・
突然機械音が響く。
「誰だ?」黒江が振り返る。由希も他の娘たちを見回した。
「・・・・ジュウデンシテクダサイ・・・・バッテリーガノコリスクナクナッテイマス・・・・」
機械音声は陽子の口から漏れていた。陽子の声とはまったく思えない機械音声である。
「そういえばそうだな・・・・」黒江はポケットからリモコンを取り出した。
「ヨウコ、こっちへ来なさい」
陽子は黒江に従って部屋の隅へと向かう。
「紗弥君、マイと二人で彼女を部屋に閉じこめてくれたまえ」
「はい」
「イヤよ!やめて!」由希は抵抗するがまったく歯が立たない。そのまま以前放り込まれた部屋に彼女は閉じこめられた。それをよそに黒江は陽子を部屋の隅に立たせると、リモコンを操作した。
「PRM4、スリープ」
がくんと力が抜けたように陽子、PRM4は目を開けたまま動きを止めた。黒江がリモコンを置き何かの部品を探す。彼が取り出したのはごく普通のACアダプター、それもまるで携帯電話の充電器のコードのような物だった。彼は陽子の後ろに回ると、おもむろに白衣のスカートをまくり上げ、その真ん中より下の部分、おそらく肛門の辺りと思われる辺りに接続した。そして、そのままアダプターをコンセントに差し込んだ。
「さて、紗弥君、君にも生まれ変わって貰うことにしよう」
「はい」虚ろな目で頷く紗弥。その様子は、由希が閉じこめられた部屋からもよく見える。
「ダメ!紗弥!目を覚まして!!」
黒江が何かのスイッチを押した。すると今までスピーカーを通して聞こえていた由希自身の声が聞こえなくなった。おそらく、処置室側のスピーカーのスイッチを切ったのだろう。
「少し静かにしていてくれたまえ。手元が狂うと彼女が死ぬことになるよ」
「舞たちみたいになるんなら死んだ方がマシよ」彼女はそう呟いたが、処置室内に聞こえるはずもなかった。
紗弥は黒江の言うとおりに台に横になり、手足を固定された。
「はい、気分良く目覚めなさい」
目をぱちくりさせる紗弥。彼女はすぐにその感触を思い出し、自分の置かれた状況を把握したようだ。
「イヤ・・・・・」青い手術衣を羽織る黒江を見て、恐怖に顔を引きつらせながら消え入りそうな声で言う紗弥。
「怖がることはない。すぐに恐怖は感じなくなる。それだけではない。君はすべての感情から解放され生まれ変わるんだ。催眠術のように不安定なものでなく制御装置が君の脳を効率よく制御してくれる。悩みも苦しみも永遠に消えてなくなる」
舞がトレイに注射器を載せて黒江に近づいていく。
「イヤ・・・・イヤぁ!」
紗弥の悲鳴にも動じず注射器を取る黒江。虚ろな目の舞が立っている。そして、美貴は部屋の片隅でその光景を見ているのかいないのか、ただ突っ立っているだけだった。
「安心しろ。今度目が覚めたときには君も舞君のように立派な人形になっている。もっとも、今現在の自意識は消滅するがね。いや、君の場合は違うんだった。次に目が覚めてもまだ君のままでいられるよ。たぶんな」
紗弥の首筋に注射器が突き刺さる。
「アアアアア・・・」
悲鳴にならない声を上げて、紗弥は目を閉じて全身を弛緩させた。
黒江が機械を操作すると、台が斜めに立ち上がっていく。その様子を見ていた由希は、恐怖に震えていた。
(紗弥が人形になるところをわたしに見せるつもりなんだ・・・)
それは彼女にとって拷問に等しかった。紗弥を残して彼女の友人はみんなロボットにされてしまった。紗弥も間もなくそうされる。次は彼女自身の番だ。事ここに及んで彼女は自分だけがこのままでいられるとはもう思えなかった。
舞が、台が立ち上がり首を垂れて直立した姿勢の紗弥の髪の毛をまとめ上げていく。黒江が、舞を下がらせた。右手に持っているのはおそらくレーザーメスか何かだった。紗弥の左耳の後ろにそれが当てられた瞬間、由希は思わず目を背けた。恐る恐る視線を戻すと、黒江が髪の生え際から前髪と束ねた髪との境界線辺りにメスを走らせていた。
やがてそのメスが、右耳の後ろから後頭部の、やはり髪の生え際辺りを通って戻ってくる。そして、その軌跡は左耳の後ろで一本に繋がった。
黒江は舞にメスを渡すとおもむろに紗弥の頭部に両手を当てた。そしてゆっくりと、蓋を外すように髪のついた頭頂部を外す。
それは、まるで小学生か中学生の時に見た人体標本のようだった。首を垂れて、直立したまま頭蓋骨を外され脳を露出させる白い人型の物。しかしそれは標本ではない。首から下には滑らかな女性らしい曲線を描く裸身がある。その裸身は台に固定され、まるで磔にされているようだった。
黒江が、舞の運んできた部品をその、紗弥の露出した脳にまるでブロック遊びのように取り付けていく。由希はその様子を呆けたように見ていた。いつの間にか彼女は恐怖を感じなくなっていた。というより、感情が麻痺してしまったかのようだった。目の前にある信じられない光景。そして、少し未来の自分の運命。彼女はその光景から目を離すこともできず、身体を背けることもできなかった。
黒江が紗弥の脳に取り付けた部品をケーブルで繋いでいく。やがて一段落したのか、黒江は部品の一つに少し太いケーブルを繋いで端末の方に歩いていくと立ったままキーを叩いた。
「ん・・・うう・・・」
声は紗弥のものだった。その声が突如苦しげなものに変わる。
「ん・・・・アァ・・・」
「フフフ・・・・そうだろう。今楽にしてやろう」
再びキーを叩く黒江。うめき声は収まった。と同時に目を開ける紗弥。
「どうかね、気分は」紗弥に話しかける黒江。 (どういうこと!?)由希は窓に張り付いて紗弥に注目した。そして、さっき黒江が言った言葉を思い出し、理解した。
(いや、君の場合は違うんだった。次に目が覚めてもまだ君のままでいられるよ。たぶんな)
紗弥の目がきょろきょろと辺りを見回している。
「あたし・・・・どうなってるの・・・・」
「どうやらうまくいっているようだな」黒江が言う。
「あたし・・・まだ・・・・」
紗弥は自分の状況を把握しかねているようだった。それを見て黒江が満足そうに舞に指示をする。
「マイ、鏡を持ってきたまえ」
(そんな・・・そんなことをしたら・・・)しかし由希の声は中には聞こえない。やがて舞が、キャスター付の姿見を転がしてきて紗弥の前に立てる。
「どうかな、今の君の姿だ」黒江が言い放つ。その顔は、楽しんでいるようにも見えた。
「イヤぁ・・・・・・!」
機械の部品を取り付けられた自分の脳を見て悲鳴を上げる紗弥。しかし目を閉じて叫ぶだけで身体そのものはピクリとも動かない。
「よし・・・・異常なしだ。君には新しい機能を付けさせて貰った。さっき君の自意識は消えると言ったがいくらかそれを残してあげよう」
「イヤ・・・・」すすり泣く紗弥。
「不思議に思わないかね?その状態で意識があるということを。君の生体脳は機械によって生かされているのだ。痛みの感覚もさっき遮断したから今は感じないはずだ。君が自意識によって動かせるのは両目と鼻、口、そして声帯ぐらいなものだ。あとの部位には生体脳からの命令をシャットダウンするように設定した」
「そんなこと・・・・そんなこと・・・・」
紗弥はすすり泣く。黒江の言うことは耳に入っていないようだった。その姿を見て、由希も呆然とした。体の自由を奪われた上自分の意識だけは残されるということは、もしかしたら自意識を消されるよりも苦しいことなのかもしれなかった。
「わかったかね、これがライブモードだ。さっきの痛みにも今の心理的衝撃にも機械が耐えている。君への処置はこれで八十パーセントは成功だな。では起動テストをしよう」
黒江が端末の横からまだケーブルに繋がれたリモコンを取り出す。
「イヤ・・・・やめて・・・・お願い・・・イヤぁ!」
紗弥が恐怖に震えて哀願するのを無視し、黒江はリモコンを操作した。ピクリともしなかった紗弥の身体が一瞬ビクッと震える。そして、紗弥の脳に取り付けられた部品のランプが忙しく点滅する。紗弥の顔から瞬く間に表情というものが消えていく。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK」
抑揚のない声が響く。それは間違いなく紗弥のものだった。ボタン一つで紗弥が人間からロボットに変わってしまった瞬間だった。瞬きすらせず彼女は発音し続けていた。
「ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRML1・・・システムキドウ」
モニターと紗弥を見比べる黒江。何度か頷くと彼はリモコンをケーブルから外し、ボタンを押した。一瞬、ピピッという微かな音が紗弥の頭から聞こえた。
「PRML1、スリープ」紗弥の機械的に言わされている声が響き、紗弥は目を閉じた。
黒江が紗弥の脳に取り付けられた部品に繋がるケーブルを抜いていく。それが終わると彼は紗弥の頭部の修復をはじめた。外された頭骨と皮膚が、髪の毛を縛ったまま填め直される。そして黒江はその頭部を修復していった。束ねられていた髪を黒江がほどこうとした頃にはもうそれが今さっきまで脳を露出させていた頭部とは思えなかった。
髪をほどいて、黒江は再びリモコンのボタンを押した。微かな「ピコ」という音が聞こえ、紗弥は目を開いた。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRML1・・・システムキドウ」
舞が、紗弥を固定していた金具類を取り外していく。虚ろな表情のまま、紗弥はゆっくりと立ち上がった。そして、黒江に言われるまま、別の台の上に横になった。それは、まるで斜めになった梯子のような作りをしている。紗弥がそこに横になると、舞は紗弥の体を台に固定し始めた。固定が終わると、黒江が台の角度を調整する。黒江は紗弥の背中側に回って作業の準備を始める。
由希は、紗弥が紗弥ではなくなってしまったことを認識した。さっきのように催眠術でなく、リモコンで歩かされる姿は由希に残されていた最後の希望を打ち砕くのに十分だった。
固定と台の調整が終わり、黒江がリモコンのボタンを押す。
「PRML1、スリープ」
紗弥は再び目を閉じた。舞が大きな台車を押してくる。それにはたくさんの機械部品が載せられていた。機械の部品を見ただけで由希はそれが何なのか理解することが出来た。
台車はまるでストレッチャーか何かのようであり、部品はそこに整然と並べられている。そしてその形は、まるで古墳から出土したミイラのようだった。人間の骨組みのように並べられた部品・・・頭部をのぞいて、それは色は黒かったり透明だったりしたが骨格標本のようであった。肋骨に当たる部分は板のようになっており、それにまた違う部品が取り付けられている。
一つ一つの部品を確認した上で、黒江は再びメスを手にした。
由希が思わず顔を背ける。しかし黒江はそんなことは意に介さず作業を進めていった。紗弥の背中をレーザーメスが這う。そして、黒江は開口部を大きく開いていった。露出した背骨を、黒江は切断しながら外していく。さらに黒江は肩胛骨と肋骨も外していった。その外された部分を見て、黒江は台車の上、ちょうど肋骨に当たる部分に取り付けられた部品に繋がる数本のチューブを体内に挿入する。チューブを何かに接続したのを確認すると、今度は開口部から、次々と肉のかたまりを取り出していった。取り出された肉塊を舞が一つ一つ、台車の下の段に置かれていた瓶に入れて蓋をする。由希はぼんやりとその光景を眺めた。それはあまりにも彼女の理解を絶していた。
やがて背中の下の方から、黒江はピンク色の肉塊を取り出した。それは、由希が昔保健体育の資料で見た女性の生殖器に間違いなかった。舞はそれも他の肉塊と同じように瓶の中に入れた。
(ああ、紗弥はもう子供産めないんだ・・・)
由希は朧気に自分がそう思っているのを感じた。しかし、子供を産む以前に彼女がすでに人間でなくなっているのを彼女は思いだしていた。
紗弥の身体の全面が凹んでいる。体の中を支える物を取り出された紗弥の身体は、まさに人間の入っていない着ぐるみのようだった。黒江は、その裏側の開口部に今度はその台車に乗せられた部品を詰め込んでいく。やはりというべきか、台車の上に並べられていた胴体らしき辺りの部材が順に手に取られる。最初は、半透明のプラスチックでできた固まりの中にいくらか機械が入っている部材だった。それがどこに組み込まれるのか見るまでもなく、由希にはそれがどこの部品かわかった。それは、人工の骨盤だった。おそらく紗弥の骨盤に限りなく近いサイズで再現された骨盤の模型。それが、黒江の手によって紗弥の空っぽな胴体の中に埋め込まれる。
それからも、おぞましい光景が展開していった。感覚が麻痺してしまったかのような由希の目の前で、黒江の手によって次々と紗弥の中に部材が埋め込まれていく。肋骨の変わりに皿形の板にいくつか機械が設置されたような物や、背骨と思われる部材。透明な皿形はおそらく内部機械を取り付けるためのブラケットの役割を果たしているのだ。胴体部分の部品の取り付けは進み、最後に黒江は、最初にチューブをつなげた肋骨部の部品を取り付け。チューブを体内に押し込み背骨の部品で蓋をした。そして、その部品と端末を繋いでいたケーブルを外すと、短いケーブルで部品と首の下から伸びるケーブルに繋いだ。
胴体の組立が終わったのか、舞が台車を一度下げる。そして黒江の方は、背中の開口部を修復しはじめた。部品を組み込まれたことによって、凹んでいた紗弥の胴体は元の体型を取り戻し、紗弥のメリハリのあるラインがよみがえった。しかし・・・・
(あれはもう紗弥じゃない・・・)
由希はそう思っていた。生体組織を模型のような部品に置き換えられた動く人体標本。由希にはそんな風に思えた。
やがて、開口部の修復が終わった。頭部と同じどころかそれ以上にどこを切ったのかはまるでわからない。由希の中で、紗弥は確実に消されていきつつあった。
開口部の修復が終わると、舞が再び台車を近くに寄せる。由希にはわかりすぎるほどよくわかった。あまりの部品を埋め込んで、紗弥を完全にロボットにしてしまうつもりなのだ。しかし由希にはどうすることもできなかった。目の前で紗弥の脚の後ろ側が切り開かれていく。黒江が手を突っ込み白い固まり、つまり骨格を摘出し、その変わりに機械の部品が組み込まれていく。紗弥の体内の骨が機械部品に入れ替わるに従って、台車の上の機械部品は紗弥の、今の今まで体の中にあった骨と入れ替わっていった。
機械部品は胴体に組み込んだ部品に接続されているようだった。由希は結構冷静な自分が可笑しかった。腕や脚がどの部品に接続されているのか見当がついていたのだ。脚は骨盤部の部品に、腕は肩胛骨部の部品に接続されているに違いなかった。それらの部品にはジョイント部のような部品が付いていたのを彼女は覚えていた。 端末に繋がったケーブルが外され、紗弥だった体の中でケーブル同士が繋がれていく。
やがて背中の時と同じように修復が終わり、台が水平に調節されて 拘束具が外されていく。するとそこには、まるで何もなかったかのように裸の紗弥が横たわっていた。由希も一瞬今までの事は夢ではなかったのかと思いたかったが、黒江の行動がそれをさせなかった。
リモコンをのスイッチを押す黒江。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・ハードウェアヲセッテイシマス・・・・」
目を開く紗弥。しかしその目に意志の光はなかった。虚空を見つめる紗弥の口から抑揚のない、一文字づつ発音するような音声が発せられる。
「インナードライバ・・・・ロード・・・・OK・・・・インナーチェック・・・・・・・・・・」
しばらく間が空く。紗弥は瞬き一つしない。
「OK・・・・サドウ・・・・Aパーツ・・・ニンシキ・・・ドライバー・・ロード・・・OK・・・・Lパーツ・・・ニンシキ・・・・ドライバー・・・ロード・・・・OK」
汗をタオルで拭う黒江の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。その横で、血まみれの白衣を着た舞が無表情に直立していた。
「システムセッテイヲコウシンシマス・・・・・OK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRML1・・・システムキドウ」
ゆっくりと起きあがる紗弥。黒江はその姿を見て深く頷くとおもむろにリモコンのスイッチを押した。
「ライブモードヲ起動シマス」
紗弥の動きが止まる。突如、紗弥の目が瞬きをはじめた。
「あ・・・・え・・・・」
「気分はどうかな」
「わたし・・・・」
それは、紗弥だった。しかし同時に紗弥ではなかった。
「フェーズ2までの処置は終わった。次の処置で君は完全に私の作品として完成する事になる」
紗弥は、目を伏せるだけだった。おそらく首すらも動かせないのだ。一瞬の沈黙。由希は、何が起こっているのか分からなかった。そして唐突に黒江の笑い声と紗弥の目が驚愕に見開かれる。そしてその音が聞こえてきた。
“ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ”
「予期セヌエラーガ発生シマシタ・・・・ライブモードヲ強制終了シマス」
再び表情を喪う紗弥の顔。それを見て黒江はもう一度リモコンのボタンを押した。
「ん?」首を傾げる黒江。
「ライブモード、ハ、ロック、サレテイマス」
紗弥の声でメッセージ音声が響く。黒江はもう一度リモコンのボタンを押した。
一瞬停止する紗弥。微かな「ピコ」という音のあと、何事もなかったように紗弥は再起動のプロセスを開始した。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK・・・・ハードセッテイ・・・ロードOK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRML1・・・システムキドウ」
「よしよし」愛でるかのように髪を弄り、もう一度リモコンのスイッチを押す黒江。さっきと同じように紗弥のライブモードが起動した。
「あ・・・・イヤ・・・・・」
紗弥の声は泣き声のようで泣き声でなかった。
「フフフ・・・」黒江が笑いながら紗弥の顔に自分の顔を近づける。紗弥は嫌悪と憎悪の表情を見せたが、顔を背けることは出来なかった。
「はじめからリミッターをかけるとは良い度胸だ。言っておくが今のように自傷行為を働こうとしてもリミッターがかかってライブモードが強制終了するだけだ」
紗弥は、舌を噛み切ろうとしたのだ。しかし、黒江の話によればそれは「リミッター」によって阻止されてしまったのだ。
「気にすることはない。君の意識はゆっくりだが変容していく。自分の運命を受け入れるのだ。そうすれば苦しむこともない。君の自意識は君の制御システムに学習させるために残しているに過ぎん」
「お願い・・・・」黒江の言葉を遮って、紗弥が言う。泣き声にもならないその声が、由希にはたまらなく悲痛に聞こえた。紗弥には泣くことさえ許されていないのだ。
「何だ?」黒江が笑みを浮かべながら答える。
「殺して下さい・・・お願いです・・・・ダメならせめて意識を消して・・・・舞や陽子みたいにして下さい」
紗弥の悲痛の願いだった。出来うる限りの方法、すなわち言葉を発音することで哀願する紗弥。しかし黒江は笑みを浮かべたまま答えた。
「そうはいかん。君にはその自意識をいつまで保っていられるかのサンプルになって貰う。命令に従うことに何の疑問も覚えないようになってしまえば、君の自意識はおそらく自然に制御装置に取り込まれる。ライブモードでも通常モードと同じように考え、発言するようになるだろう。そこまでのプロセスのデータが欲しい」
「お願いです!舞や陽子みたいにわたしも完全にロボットにして下さい!」
「駄目だと言っているのに。しばらく黙っていろ」
リモコンを押す黒江。
「ライブモードヲ終了シマス」
紗弥の顔からまたもや表情が消える。自分をロボットにして欲しいと哀願していた目は、そのかけらもなく虚ろな輝きに変わっていた。
「静かになったな、サヤ」
「はい」
抑揚のない声で答える紗弥。
「ついてきなさい」
「はい」
紗弥は言われたままに黒江に付き従っていく。行き着く先、部屋の端には銀色の円筒形のタンクがあった。そのタンクの透明な扉をくぐって、紗弥はタンクの中で直立不動の姿勢をとった。舞が扉を閉める。
「マイ、フェーズ3処置開始」
「はい」
舞が端末を操作した。グオーンという低い音とともにシューという、何かが吹き出すような音が聞こえる。久しぶりに黒江が窓越しに由希の方を見た。思わず身を引く由希。
「仕上げでね・・・・ライブコートという特殊なコーティングだ。彼女の生体組織を瑞々しいまま保存する・・・・・」
そこまで言って黒江がニヤリと笑った。背筋に冷たい物を感じて、窓越しであるにもかかわらず奥の壁まで後ずさる由希。
「心の準備は出来たかね?」
「い・・・いや・・・・」
慌てたように首を振る由希。
「そうか。だが次は君の番と決まっている」
ドアが開く。血塗れの白衣を着たままの舞が、部屋に入ってくる。
「イヤァァァァァァ!」絶叫しながら後ずさる由希。しかし彼女にはもう後ずさる場所は残されていなかった。壁に張り付いた由希を、虚ろな目の舞が容赦なく押さえる。白衣からか、血の匂いが由希の鼻を突いた。よく知っている匂いではあったがその匂いが今は恐ろしい匂いにしか感じられない。そして、由希は処置室の方へ連れ出された。
「イヤ・・・・」恐怖に顔を引きつらせながら舞に引きずられる由希。その視界に、黒江の姿が入る。黒江は、陽子のところでしゃがんで何かをしていた。立ち上がるとともにリモコンを押す黒江。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・OK・・・・ハードセッテイ・・・ロードOK・・・・ジリツデータ・・・ロードOK・・・・PRM4・・・システムキドウ」
ビクンとしたような反応をする陽子。黒江に何か言われて陽子は由希の方に歩いてきた。
「陽子・・・・?」
舞に引きずられる由希の脚を持ち上げる陽子。上半身を舞が支え、下半身を陽子が支える。由希はもう悲鳴すら上げなかった。いや、上げることが出来なかったのだ。
為すすべもなく台に固定される由希。もはや手足を動かすこともできない。虚ろな目をしたまま、舞と陽子が作業を続ける。身体のあちこちから、冷たくくすぐったいような感覚が襲ってくる。辛うじて動く範囲で視線を自分の身体に向けた由希には、舞と陽子が、注射の時にするように脱脂綿で由希の身体を拭いては電極を張り付けていくのが見えた。
由希の脳裏に、虚ろな表情で胸を上下させ、声を上げていた紗弥の姿がよみがえる。自分が同じように黒江の前にそのような恥態を晒している姿など、由希には想像するだけでおぞましかった。その紗弥もすでに舞たちのように、いや舞よりもさらにひどいものにされてしまった。彼女がそうなるのも時間の問題だ。しばらくすれば彼女自身も頭を、そして身体を切り開かれて機械を詰め込まれて黒江の思い通りになるロボットに強制的に生まれ変わらせられることになる。恐怖感と絶望感、そして得体の知れない哀しみが心の奥からわき起こり、彼女の意識が混濁していく・・・・
「フ、まだ何もしていないのに失神するとはな」
黒江の声で目が覚めた。
「意識のない状態でデータ収集をすると正確なデータが取れん・・・・彼女のようになりたいのか?」
苛ついた顔の黒江。黒江の横に、薄笑いを浮かべたような美貴が、白衣のまま立っている。顔の筋肉こそ弛んでいたが、その目は相変わらず虚空を見つめ、いや映し出しているようだった。
(美貴が笑ってる・・・・)由希は朧気にそう思った。表情のある人間を見るのは久しぶりな気がする。しかし彼女はすぐに現実に呼び戻された。
「気付いたようだな。よし、始めろ」
「はい」
端末の方を見やる由希。白衣姿の陽子が、端末のキーを叩く。
「陽子・・・・やめて・・・ああ・・・」
「ソフトウェア自体は改善しているからな・・・・抵抗できないぐらいにはなったはずだ」
黒江の言葉を由希は最後まで聞いていなかった。身体中から、彼女の意識に関係なく心地よい感覚が沸き起こり、彼女に襲いかかる。屈辱感と幸福感の入り交じった不思議な感覚が彼女の中で波のように荒れ狂い、徐々に彼女の思考を奪っていった。そして、やがてそれが大きなうねりとなり、彼女の理性を完全に押し流した。
白い靄が立ちこめ、そこで何かが何度も弾けては靄に沈んでいく。その「何か」が何なのかは分からないがとにかく、彼女はその、届きそうで届かなそうな「何か」に向かって必死に手を伸ばす。しかし「何か」に手が届いたと思った瞬間、その「何か」は弾けるように消滅し、自分自身も霧散する・・・・そんなことが長い間続いた。他のことを考える、いや、考える事そのものさえできず、彼女は本能的にその「何か」に向かって手を伸ばし続けた。
永遠かと思われるその時間から、不意に彼女の意識が呼び戻される。徐々に靄が晴れていく。その徐々に覚醒していく意識の中で、彼女は、自分がその靄の中に居続けることを切望していることに気付き、そしてそれがどういうことかについても思い至った。
自分の置かれた状況が徐々に思い出されてくる。屈辱的かつ絶望的な状況・・・そんな中で自分が切望していた状況がどういうものであったのか再認識して、彼女は赤面した。
視界がはっきりしてくる。彼女は相変わらず例の台に縛り付けられており、その周りを、見覚えのある顔をした女が囲んでいた。
「気分はどうかね」頭上から男の声が聞こえた。声の方を見ると、そこには青い手術衣を羽織った黒江が彼女を見下ろしていた。
由希は目を逸らせて答えなかった。その目が紗弥のところで止まる。舞や陽子の虚ろな顔、そして美貴の、瞳の虚ろな笑顔に対して、紗弥は自然な微笑みを浮かべているように見えた。
「紗弥・・・・」由希は何と言っていいのか分からずただそう呟いた。
にこりと微笑む紗弥。しかし・・・・
「由希、こわがらないで。由希もわたしたちのように生まれ変わるのだから」
微笑みながら、紗弥は抑揚のない声で言い放った。由希の顔が引きつっていく。
「そう。わたしたちの仲間になるの」無表情に続く陽子。
「もっと喜んで。もうなにも悩む必要はないのよ」舞もやはり無表情だった。そして、
「ショチヲオテツダイシマス」
美貴だった女、いやリアルな女性型ロボットとでも言うべき物の口から、抑揚のない機械音声が発せられた。
首を振る由希。黒江は満足そうに言い放った。
「サヤを見たかね。あれがライブモードの効果だよ。制御装置が表情の作り方まで学習した結果だ。君はあれ以上にリアルなエタナリアとして生まれ変わる」
「エタ、ナリア・・・・」うわごとのように呟く由希。
「そうとも。君のデータ収集作業の間に本社から商品名が正式に決まったと通達が来た。君たち四人は来月香港で開かれるあるパーティーで、世界中の限られた人々の前だけに我々の新商品エタナリアの試作品として出展されるのだ・・・・保存体を求めている客はたくさんいる。技術の転用を求めている客もな。エタナリアは今回の目玉になるだろう」
由希は何も言わなかった。彼女を囲む四人の顔を見比べる。ただただ涙が出た。自分も同じようにされてしまうというのは、もはや逃れようのない現実だったが、一方で、まだ心のどこかで実感が湧かない自分がいた。
黒江自らが注射器を持つ。それが見えなくなるとともに首筋に鈍い痛みが走った。
薄れていく意識の中で、由希は、自分はどのような顔になるのだろうと朧気に思った。
そして・・・・
彼女は、ふっと我に返った。というより、返らされたという方が正しかった。全身の感覚が全くない。目を開けた覚えもないのにその景色は目に入ってきた。彼女の顔を、ニヤつきながらのぞき込む男・・・・
「どうだ、気分は」男が言った。その男が誰だか由希は思い出した。同時に自分が置かれている状況、すなわちなぜ顔以外の感覚が麻痺しているのか、自分がいるのはどこなのか。
由希が答えないのを見て、黒江は紗弥を彼女の前に来させ、リモコンのスイッチを押した。目の前で、紗弥の表情が変わる。
「由希・・・・」
「紗弥・・・・」
二人は、お互いを認めた。紗弥が持った鏡によって由希は自分の全身を見ることができた。しかし、体を動かすこともできず、感覚も麻痺していたため自分の頭が切り開かれ脳が露出し、その脳にいろいろな機械が取り付けられているのを見ても実感が湧かなかった。もちろん切り開かれた頭部の感覚は麻痺している。
「感動の対面だな・・・・これで君も彼女たちの仲間だ」
黒江がリモコンを由希に向ける。
(わたしが、リモコンで・・・・)
紗弥の姿が脳裏をよぎる。
「イヤ・・・イヤァ!」
恐怖が込み上げてくる。黒江は容赦なくボタンを押した。
(あ・・・・・・)
意識が何かに蝕まれていく。自分が自分でなくなっていく恐怖に満たされた意識は、その一瞬後には別の物に変わっていった。最後に彼女が意識できたのは、自分の口からでた言葉だった。
「キドウシマス・・・・システムチェック・・・・・・・・・」
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