<由希&紗弥 その1>

 翌日・・・・・
「ねえ、今日美貴たち休み?」由希が言う。由希と紗弥の二人はいつも通り「指定席」に座っていたが、ほかの娘たちは来なかった。メール等の連絡もない。
「大丈夫かな?二人とも一人でしょ」
「そうだね」
 美貴と陽子はそれぞれ親元を離れて一人暮らしをしている。自宅から通っているのは由希ぐらいなものだ。まあ、どの娘も未だに「公式」には男など連れ込んだことはなく、至って健全な一人暮らしである。だからこそ逆に由希たちは心配なのだ。
「まあ、美貴はともかく陽子はだめならヘルプの電話来るでしょ」
「それもそうよね」
「でもさ・・・・やっぱり気にならない」言い出す紗弥。気になり出すと止まらないのが彼女の性分だ。
「っていうより、昨日の話聞きたいんでしょ」由希のつっこみはいつも鋭い。
「そうとも言うけど」
 おもむろに電話を取り出す紗弥。
「紗弥、どっちにかける?」
「とりあえず美貴」紗弥がダイヤルする。数度の呼び出し音の後、電話がつながった。
「あ、美貴?紗弥だけど」
 話し始める紗弥。
「ちょっと由希に変わるね」
 紗弥が由希に携帯を渡す。
「なんで?わたし話すの?」ちょっと意外そうな顔をしながら受け取る由希。
「あ、美貴」
『ええ』美貴の応え方に、由希は違和感を持った。
「美貴、どうかした?」思わず聞き返してしまう由希。美貴の声に間違いはないのだが、どうもいつもと感じが違う。もしかしたらだいぶ調子が悪いのではないかと由希は思った。
『いいえ、どうもしないわ』美貴が応える。
「今日、来る?」
『いいえ、行かないわ。今日もアルバイトがあるもの』
「バイト?」首を傾げる由希。美貴は講義を無視してアルバイトをするような娘ではない。そして、どうもこんなやりとりを最近聞いた覚えがあった。
『ええ、もう出かけるから』
「ちょっと待って」
 電話は切れた。どう考えても様子がおかしい。
「美貴どうだって?」紗弥が心配そうな顔で聞く。
「うん、なんかおかしいのよ」由希は答えた。
「美貴が講義さぼってバイト行くと思う?」
「なわけないじゃない。彼女あれでノート取りマシーンなんだから」
「だよね・・・・・」考え込む由希。
「もしかして、美貴がそんなこと言ってたの?」
「うーん」考えながら肯く由希。不意に、彼女はそれを思いだした。
「あ」
「なに?」びっくりしたように、由希を見る紗弥。
「舞だ」
「舞?舞がどうしたの?」
「いや、今ね、なんか美貴と話しててこんな話したことあるな、と思ってたのよ」
「デ・ジャ・ヴュ?」わざと一つずつ区切って言う紗弥。彼女は時々こうやって茶化すところがある。
「二番線に、電車がまいります・・・・」由希が言った。紗弥は、怪訝そうな顔をしたがすぐにそれを理解した。
「わかる、それ。舞の昨日のしゃべり方」
「やっぱり紗弥もそう思った?」
「うん。なんかよそよそしいし、変だったよね」
「美貴もなのよ」
「え?」
「今の美貴のしゃべり方も、そんな感じだったなと思って。それに、美貴って結構猫みたいに甘えた感じのしゃべり方するじゃない。だから・・・・」
「アルバイトって、何なんだろう?」紗弥が呟いた。
「陽子に電話してみようか」由希が携帯をダイヤルする。ほどなく、電話はつながった。
「あ、陽子?」
『ええ』由希その陽子の声を聞いて背筋に冷たいものを感じた。気のせいかと思い彼女は陽子に話しかけた。
「今日休み?」
『ええ。アルバイトがあるの』陽子の答えに、由希は思わず言葉を失った。電話の向こうの声は、陽子の声に違いなかったが、美貴と同じようにまるで昨日の舞と話しているようだった。驚きを隠しながら、由希は聞いた。
「陽子、今日会える?」
 少しの間沈黙がある。
『夕方なら、いいわ』
「バイト何時に終わる?」
 またもやしばらくの沈黙がある。陽子はほんの少し待たせるときにも必ず「ちょっと待って・・・」などと言うのが口癖のようなのに、今日はそれがない。そしてしばらくの沈黙の後、答えが聞こえた。
『それよりあなたもここに来ない?五時になら迎えに行けるわ』
「ちょっと待って」
 由希は紗弥の方を見た。紗弥が心配そうな顔で由希を見ている。
「また電話するわ」電話を切る由希。 「どうだった?」紗弥が聞く。
「陽子もだ・・・・・」由希が答える。
「え?」
「陽子も変だ・・・・まさか」
「まさか、ってまさか?」
「うん・・・彼女、わたしたちも来ない?って誘うのよ。夕方の五時ぐらいから」
「で?」
「だから、とりあえずまた電話するっていっといた」
「そうか・・・・で、どうするの?」
「どうするったって」考え込む由希。二人の様子は明白に変だった。抑揚のない、テープのような喋り方。それに二人の普段の行動からは考えられない返答。
「アルバイトって、何だろう」改めて、紗弥が呟いた。
 沈黙する二人。
「陽子、迎えに来るって言ってた」ぼそっと由希が言う。
「じゃあさ、迎えに来てもらって、詳しい話を聞いたら?」紗弥が提案した。
「そうね・・・・・か、今電話で聞くか」
 由希は再び携帯を取った。すぐに相手は出た。
「あ、陽子?由希だけど、詳しい話聞けない?待遇は昨日聞いたけど、具体的にどんな仕事するのか」
 例によってしばらくの沈黙の後、陽子が、例の抑揚のない単調な声で答える。
『研究の手伝い。内容は言えないけれど言われたとおりにいろいろするだけ』
「だから、いろいろどんなことをするの?」しつこく突っ込んで聞く由希。さっきからこの沈黙が気になったが、由希は待った。
『具体的な内容については言えないし、もしあなた達に来てもらったらあなた達にも他の人に言ってもらっては困るの』
「わかった・・・・夕方、どこへ行けばいいの?」由希は諦めた。とにかく会ってみるほかなさそうだ。珍しく素早い返答が帰ってきた。
『A駅の改札口に五時で』
「わかったわ。じゃ、あとで」
 由希が答えると、陽子は何も言わずに電話を切った。
「切れたわ・・・」あきれたように言う由希。陽子が挨拶なしに電話を切るとは思えなかった。やはりどこかおかしい。
「ま、会ってみればわかるわ」
 由希のつぶやきに紗弥も肯いた。


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