<プロローグ>


「ねえ、舞、最近あまり来ないよね」由希が言い出した。
「言えてる。たまに来ても何かすごいまじめっていうか、ちょっと変わったよね」紗弥が応える。
 大学のカフェテリアはいつも比較的空いている。この場所はほとんど毎日彼女たちの指定席になっていた。
「そう。変なのよ。電話も出ないか、出てもすごく素っ気ないし」
「うんうん、メールも来ないよね」陽子と美貴の二人も相づちをうつ。
 最近、彼女たちといつも一緒に遊んでいた舞の様子がおかしかった。
 あまり学校にも現れず、由希たちの顔を見ても表情一つ変えない。というか、最近いつ見ても無表情なのだ。明るく快活だった舞とはまるで別人のようである。
 おまけに呼び止めても無視して歩いていってしまう。
「何かあったのかな」
「バイトで何かあったとか?」
「何のバイト?」
「なんかどっかの研究員の助手とかって言ってたとおもう」
「さすがあ、頭の出来が違う」
「でもさあ、そのバイト行ってからおかしいんじゃない」
「そうかもね」
「そこの人と不倫して悩んでるとか」
「でも舞の性格だったら絶対黙ってらんないと思う」
「私もそう思う」
「場所知ってる?」
「何の」
「その、バイト先」
「知らない」
 女が四人も集まれば、やはり噂話に花が咲く。四人の話は止めどなく続くかと思われたが、ちょうどその時だった。
「あ、舞だ」
 うわさ話をする彼女たちの目の前を、舞は彼女たちが視界に入らないかのように通り過ぎていった。

Dolling Factory

作:KEBO


「あれだ・・・・」あきれ顔で呟く紗弥
「ねえねえ、舞」陽子がいたずらっぽい顔をして言った。
 振り向く舞。陽子たちは驚いた。久しぶりに、舞が陽子たちに反応したのだ。しかし、舞は相変わらず無表情だ。が、その無表情のまま、舞はゆっくりと椅子に腰掛けた。その姿に何となくぎこちないものを陽子は感じたが、そのまま話をすることにした。
「どうしたのよ最近」陽子が舞に聞く。
「どうもしないわ」舞の声を聞いて、一瞬全員が黙って舞に注目した。その舞の声には抑揚がなく、感情がこもっていないのは明らかだった。それに早口の舞としてはゆっくりな口調でもあった。
「なんか舞、変だよ。イヤなことでもあった?」美貴が言う。
「ねえ舞」陽子が、それを遮るように言う。
「舞のバイトって、何してるの?」
「研究の手伝いよ」顔色一つ変えずに応える舞。やはり抑揚のない声で、さっきの答え方と口調が全く変わらない。
「何の研究?」由希が突っ込む。
「それは言えないわ」即座に、やはりさっきと変わらぬゆっくりとした口調で応える舞。由希はそのしゃべり方に、駅の「電車が参ります」というテープのアナウンスをイメージして思わず顔に笑いを浮かべてしまった。
「ふーん・・・・」そのやりとりを聞いて考え込む陽子。彼女は思いきったように聞いてみた。
「舞、舞のところまだアルバイト募集してる?」
 少しの間沈黙する舞。考える風でもなく、全く表情は変わらない。陽子は舞とはここの中ではおそらく一番仲がよかった。彼女としては別にアルバイトする気があるわけではないのだが、舞の様子が気になって仕方がないのだ。
 そこにいる全員が舞に注目する。しかし、舞はやはり顔色一つ変えない。由希には、彼女が瞬きすらしていない気がした。そしてしばらくして舞は答えた。
「募集しているかはわからないけれど、聞いてみるわ」
「ほんと?」陽子が言う。
「ねえ舞、本当にふざけて言ってるんじゃないでしょうね」笑みを浮かべながら由希も言った。由希は舞がわざと無機質なしゃべり方をしているのではないかと思いはじめていた。
「ええ、本当よ。ふざけてはいないわ。これから行くけど来る?」舞が答える。
「わたし行く!」陽子が言った。
「ちょっと待ってよ、時給は?」美貴が質問する。舞はまた少し沈黙したが、すぐに「聞いてみなければわからない」と言った。
「どういうこと?」再び由希が突っ込む。
「わたしたちは研究の成果に応じて報酬を頂くの」今度はすぐに答えが返ってきた。
「なるほどね」
「じゃあ、それ聞いてから止めてもいいんだ」美貴が言う。
「馬鹿ね。そんなことしたら舞の立場ないじゃない」たしなめる陽子。
「そっか。でも、研究の手伝いってなんか面白そう」と美貴。
「遊びに行くんじゃないんだから・・・・紗弥はどうする?」陽子が聞く。
「でもわたし、今日は・・・・」紗弥が渋る。今日は彼女も別のアルバイトが入っているのだ。それを覚えていた由希が、フォローする。
「わたしも今日はちょっとね」
「えーつまんない」ふくれる陽子。意外と寂しがり屋なのだ。
「いいじゃない。何も四人一緒じゃなくたって。美貴と二人で行って報告してよ」
 由希が言った。由希はこの中ではリーダー的なところがある。だからこそ陽子は彼女のご機嫌を伺ったのであり、その由希がそういったことで自分の行動にある種の「正当性」が得られたので、彼女はニッコリうなずいた。
「じゃあ早速」すでに荷物をまとめていた美貴が立ち上がる。
「ちょっと待ってよ美貴」陽子も慌てて荷物をまとめた。
「いってらっしゃーい」手を振る紗弥と由希。美貴と陽子はにこやかに手を振って舞を追いかけた。


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