『メタル リアリティ』

作 市田ゆたか様



第三話 (11)

◆調整◆

「気がついたかしら」
由香が言った。
ロボットは、チチチと軽い音を立てながら焦点の合わない瞳をさまよわせていた。
「おかしいですわね、これは」
愛鈴が目の前で上下に手を振ったが、まったく反応しなかった。
「そうね。意識のプログラム化はちゃんとできて、モニター上ではちゃんと動いているようにみえるんだけど…」
由香はコンソールを操作してチェックをしながら言った。
「とにかく、もっと詳しく調べる必要があるわね。赤川君、頭を開いてくれるかしら」
「オッケー」
赤川は頭の上部に手をかけた。
カチリと音がしてロックが外れ、頭頂部から左右に分かれて開いた頭蓋の中に、LISAと同じような鈍い灰色の脳髄が現れた。
「ホントに脳がコンピュータになってるんだ。凄いよ由香ちゃん」
「誉めても何もでないわよ。電子脳に端子が作られているはずだから、そこに信号ケーブルをつないでちょうだい」
「ちぇっ。…この線でいいんだね」
『ぎゅぴっ』
赤川が脳の端子にケーブルを接続すると、ロボットは妙な声を出して瞬きをした。
「デリケートなんだから気をつけてよ」
「はいはい。接続終わったよ」
「これで詳細なモニターができるわね」
由香は再びコンソール向かった。
「まずは右手ね、それから左手…」
由香がキーボードを操作すると、ロボットは軽い機械音を立てながら腕を上げ下げしたり手を閉じたり開いたりといった動作をした。
「駆動部分は問題ないわね。ということは…」
由香はコンソールを見ながらしばらくキーボードの操作をしていたが、ふいに手を止めて声を上げた。
「そっか、そういうことだったのね」
「どういうことですの」
愛鈴が聞いた。
「意識のプログラム化は完全に行われているのよ」
「それなら、どうして動かないんだい」
赤川が言った。
「ほら、処理の前に眠らせちゃったでしょ。眠った状態がプログラムになっちゃってるのよ。
先輩がちゃんとロボットになれたのも、先輩が自分はロボットになるんだって考えていたからだとすると、辻褄が合うわ」
「起こすことはできませんの?」
「起きているときの脳活動の情報がないから難しいわね」
「LISAのプログラムが起きていたときのものだったら、それを入れたらいいんじゃないのかな」
赤川が言った。
「LISAのプログラムは、先輩の記憶データを使うようになっているから、この人の記憶データでちゃんと動くかどうか…」
「そんなこと言わずにやってみたらいいじゃん。プログラムがなけりゃ、手足の細かい動作まで全部コマンドを与えないとだめなんだよね。俺はそんな面倒なことしたくないよ」
「そうですわね。わたくしもそう思いますわ」
「愛鈴ちゃんもそう思うよね。俺と同じ考えなんて嬉しいな」
「あなたにそう言われてもわたくしは嬉しくありませんわ。失敗してもリスクはないのなら、試して見る価値があると言うだけですわ」
「そうね。愛鈴の言うとおりだわね。それじゃあリスクを計算してみるわ」
そう言って由香は目を閉じてしばらく考え込んだ。
「計算なんて…。ねえ由香ちゃん」
赤川が話しかけたが由香はピクリとも動かなかった。
「やめなさい。由香の気を散らしたら駄目ですわよ」
「ちぇっ。わかったよ」
「わかればよろしいですわ」
「あー怖い」
「何か言いました?」
「な…、なんでもないよ」
愛鈴と赤川が言い争いをしている間に計算が終わったらしく、由香の目が開いた。
「待たせたわね。リスクを計算したら愛鈴の言ったとおりだったわ。LISAのプログラムを入れて見ましょう。
赤川君、LISAの頭は応接室に置きっぱなしだったわよね。持ってきちょうだい。それから黒崎さんとチェンさんも呼んできてね」
「わかったよ、由香ちゃん」

赤川は部屋を出ると、エレベータで階上に上がり、応接室に入った。
「どうしたんだ」
応接室でチェンと中国茶を飲んでいた黒崎が言った。
「由香ちゃんがLISAの頭を持って行きてくれって」
赤川はそう言ってLISAの頭部が載せられたワゴンを押した。
「そうそう、黒崎先輩とチェンさんも戻ってきてくれって由香ちゃんからの伝言だよ」
「『由香ちゃん』ではなく社長と呼べと何度言ったらわかるんだ。いくら技術があってもビジネスの常識がないやつは雇えないぞ。いくら朝倉の頼みだとしてもだ」
「そんなぁ。非道いよ黒崎先輩。朝倉助教授の言うことを信じて就職活動をしなかったのに…。こんなことなら榛原助教授に頼めばよかったよ」
「普通は就職活動は教授に頼むものだ。榛原というのが誰かは知らないが、教授ではなく助教授にしか相手にされない時点でお前の評価はその程度ということだ。
私は友人の朝倉にお前を預けられたが、それがそのまま就職につながると思ったら大間違いだ。お前を就職させてやるかどうかはお前の行動次第だということは何度も言っているはずだが、まだ理解できていないのか」
「はいはい、わかってますってば」



第三話 (11)/終


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